第20回 2016年 エネルギーの湧く夏

6月1日、2011度に卒園して今年5年生になる我風くんから電話が入った。
とても改まった声で「天野先生とお話がしたいのですが、ご都合は如何でしょうか」と言うものだった。
5年生の言葉とは思えないほどの丁寧で大人びた言い方に内心「何が起きたのだろうか」と胸がざわついた。
幼稚園時代は何をするにも「お母さんと一緒がいい」の我風くんだったので、心のどこかで“お母さんと一緒にくるのかなぁ”と思っていた。

ところが、数時間後、通用口の階段を降りて来るその姿は、シャキッとした少年の姿であった。
思わず「お母さんも一緒?」と声を掛けてしまったが「いいえ、ぼく一人です」の声が返ってきた。
「久しぶりだね。元気だった?」と声を掛けながら年長児の教室に案内したが、幼稚園を卒園して5年、身長は伸びているものの、顔には幼い頃の面影がいっぱい。

教室に入ると「あぁ、こんなでした・・・」「椅子も机もこんなに小さかったんですね」と懐かしそうな目で見まわしている。
机を挟んで子どもの椅子に座って「我風くん上海に行っていたんだよね。いつ帰国したの?」と尋ねると「3月に帰国して4月から柿生小学校の5年になりました」。
物珍しさもあって上海での生活についてあれこれ話をしてもらった後、「ところで何か先生に用事があったんでしょ」と話を向けると「自分は、風の谷幼稚園で育ててもらった。お世話になった、と思うのでその恩返しをしたいと思ったのです。ですから、何かお役に立ちたいのです。何か仕事をさせてください」と真剣な眼差しで言って来た。

何とも嬉しい申し出でではあっても、すぐに思いつく仕事もなく、まずは幼稚園5年間の変化を見てもらう事にした。
我風くんが卒園してから先生になった金丸先生が案内役を引き受けた。
竹林、あじさい広場、えのき広場、たんぽぽ広場、果樹園、鳥組と風組の耕作地、ブルーベリー畑を見て回って、「ずいぶん広くなりましたね。草むしりでも何でもしますよ」の感想。
この日は、そのまま帰ってもらって、1週間後の6月8日の放課後に来てもらう事にした。

いろいろ習い事もやっているようだったが、その合間をぬってやって来た我風くんは、汗びっしょりになりながらも先生たちと一緒に黙々と草刈り作業に精を出してくれた。
そして、次は7月1日に来ることになった。

この日は川崎市の市政記念日で学校は休みだったが、幼稚園は年長児を連れて三戸浜遠足に出かけた。
三戸浜は我風くんも年長児の時に経験しているだけに、子どもたちの活動に合わせて、先生の手助けを的確にやっていく。5年生で、ここまで気が回るものなのかと驚かされるばかりだった。
「お世話になったので、恩返しがしたい」そんな思いを抱いて、働いてくれた我風くんの姿。胸がいっぱいになったひと時だった。

8月5日(金)四條尚彦くんが顔を見せた。

帝京大学の医療技術学部スポーツ医療学科に入り、野球部のマネージャ修行もしている身。何に対しても全力でぶつかっていく尚彦くんなので休日はないに等しい。その尚彦くんの夏休みが1週間ほどとれて、親元に戻ってきた。実質5日間ほどの休みだというのに、幼稚園の先生たちの手助けになればと、貴重な1日を幼稚園のために使ってくれたのだ。
気の遠くなるほどの量の夏草。刈るそばから伸びて行く雑草。幼稚園が夏休みに入ってほぼ毎日草刈りに追われている先生たち。
草刈り機に入れる燃料の調合の仕方、草刈り機の扱い方、刈り方などなど初体験者の尚彦くんは、田中先生から手ほどきを受けてスタート。太陽はじりじりで警報が出されている程の暑さ。20分に一回の水分補給(休憩)で膝丈より深い草の中を、動き回る。
どうすれば刈り残しを作らず能率よく作業を進められるかを考えながら草刈り機を操作している。
その仕事の仕方や考え方に、「立派になった!立派な大人になった!」と言葉もなく見つめ続けてしまった。

その後、食事をしながら「自分は風の谷で育った事によって、自分の考えを持ち、仲間の意見を聞き、物事を進めて行くというスタイルを身につけたように思います。風組で取り組んだ動物園づくりが大きかったです」と具体的に話をしてくれた。
年長児担任の経験のない先生たちは、「ふ~ん」と言った面持ちで聞いていたが「動物園作り」の実践経験のある清水先生は、「あの時のあの取り組みが子どもたちの中にそういう力を育てているのだ」と感じることも多かったようだ。

こどもたちが確かな力を持って生きていけるようにと、教育実践をするにあたっては仮説を持って教育内容を作って来ているが、その教育をうけた本人から「結果」を報告してもらえると、「やっぱりわたしたちの考えは間違っていなかった」と自信が出て来る。

そして、さらに内容豊かな実践ができるように「努力しよう」との思いを強くする。

2016年、エネルギーの湧く夏になった。

2016年8月8日