第23回 産んだからって「母」にはなれない~天野先生のひとりごと~

 
人間は人間として扱われて初めて人間になれるのだと思う。

 女が子どもを産んだからと言って、すぐに「母親」になれるかというとそうでもない。
 私にも二人の子がいるが、上の子を産んで「母」になった時、正直言って赤子を可愛いと思いつつも気持ちの上では大きな戸惑いを持っていた。
 一人身の時の、自由勝手さが子どもを産んだ途端にすべて赤子の存在によって制約されるからだ。
 周りからは「あなたは、おかあさんでしょ!」と言う視線が注がれるけれど、母親になりきれない自分がそこにはいた。そして、その時しみじみと「子どもを産んでも、急にはお母さんになれない」ことを知った。
その思いは、昨日のことのように記憶に残っている。

 不慣れな手で育てられた我が子たちは、現在49歳と47歳になっている。さらに、子育ての不安と我が身の不自由さに悶々としていた私が、幼児教育を一生の仕事として40年近くを過している。

 我が身を振り返りながら、今「母」と呼ばれる立場にいる人達を見て、改めて思うことは、“やっぱり、子どもを産んだからと言って「母」になれるものではない”ということだ。
 動物の子育てを見ていると、ほとんどの動物が立派に子育てをしている。子どもを産んだらすぐに母親としてその任を果たしている。本能のもつ偉大さなのかもしれない。
 それでは人間はどうなのかと考えると、人間は子どもを産んで、育てる過程で「母」になっていくように思えてならない。
 女の体から新しい命が生まれた時、女は初めて「母」というスタート地点に立つ。
 母に依存してしか生きられない赤子を胸にして、可能な限りの想像力を働かせてその赤子をより良い状態に置きたいと必死になって乳を含ませる。オムツが濡れたら気持ち悪かろうとオムツを変え、身体を洗い、少しでも気持ちの良い状態を作ってやろうと努力する。
 不規則な赤子の生活リズムに左右されて、ヘトヘトに疲れ、涙を流したくなる事もあるけれど、それでも赤子への思いが強いがゆえに耐えてゆく。その過程で、女は「母」になって行くのだと思う。
 言葉がなくても、目の動き口元の動き、発する声を聞き分けて、赤子の気持ちを汲み取って、なすべきことを知ってゆく。
 腕の中で日々成長する我が子。その成長に比例して我が子へのいとおしさも日々深まっていく。
 2時間おきに飲んでいた母乳(ミルク)も牛乳にかわり離乳食へと移っていく。
 手の内にいた子が、少しずつ少しずつ行動範囲を広げて自分で動ける場所を広げていく。そして自分の意志を持って自分を主張し始める。
 自立への道を一歩一歩と進みだしても、子は、常に母の姿を確かめながらの一歩一歩だ。母の温かい眼差しの中にいるからこそ、安心して自分の世界を広げて確かな自分づくりを可能にしているのだ。
 母と子の間に流れる優しい心の通い合い。それが何にも勝る成長のエネルギーになっていることを知らされる。

 乳幼児期に身についた感性や価値観、生活スタイルはその子の深部に定着し、その後の生き方を左右する程の影響力を持つ。
 これまでにも沢山の人たちがその重要性について発信してきているのに、世の中の流れは逆の方向に動いているし、その流れは加速しているように思えてならない。
 一億総活躍のかけ声のもと、女性の労働力を社会に引き出そうとさまざまな「子育て支援」が声高に叫ばれているが、その内容は働く母親の支援であって、子どもたちの育ちを保障する支援にはなっていないように思えてならない。
 子どもを育てる《人間を育てる》というのは目先の事だけに捉われず、10年先20年先、あるいは100年先まで見通して今を考える必要があるのだと思う。
 小さい時に心に刻まれた「おもい」は、子どもが一生背負っていくものだし、そしてそれは、次の世代にまで影響を与えてしまうものだからだ。
 「人間は人間として扱われて人間になる」こんな当たり前のことをあえて言わなければならない時代になっていることをもっともっと沢山の人に自覚して欲しいと願わずにはいられない。

 人生80年の時代。その中で最も母親を求める時期はたったの4~5年。その期間、母親が安定して子どもと向き合える環境を作ることが今何よりも大事な事だと思っている。