2018年の夏 ~天野先生のひとりごと~

2018年の夏

 

暑い、熱い、動く度に口からこぼれる言葉。

今年の夏は異常な暑さだった。

日本中がその暑さに恐れおののいていた。救急車のサイレンがあちこちから頻繁に聞こえ、テレビは「熱中症」色に染まっているようだった。

熱さ災害、大雨災害、土砂災害と日本中で大規模な災害が起きている。さらに、これまでに見た事もない動きをする台風が日本列島を横断して中国に向った。日本列島は呪われて崩壊への道を歩み出しているのだろうかとさえ思えてしまった。

そんな中、今年の風組合宿は、これまでに経験したことのない暑さの中での3泊4日となった。

暑い川崎を離れ、菅平高原でバスを降りた時には爽やかな風を感じたものの、それはほんの一瞬のもので、その後、気温はぐんぐんと上昇し続けた。

昼食後のゲレンデでの草滑りでは、子どもたちが滑りやすいようにと畳表を加工して作った“そりもどき”を使う。しかし、それを抱えて斜面を往復するには「危険な暑さ」との判断で2~3度滑って終わりにした。暑さをものともしない子どもたちには不満が残ったようだったが、熱中症対策としてはそれ以外になかった。

翌日の根子岳登山。例年だと21~22度の中での山道歩きだが、この日はスタート時から30度を超えていた。温度計から目が離せず何度も何度も気温を確かめながらの登山となった。

雨水で削られた山道は岩が剥き出しで足場が悪く、歩きにくい状態だった。3分の1ほど登った地点で、温度計は34度を示していた。

そんな暑さの中でも、子どもたちは汗まみれになりながら、高原の花や昆虫に心を奪われていた。ネを上げる子はいなかったが、ここでも安全を優先して目的地を変更する指示を出さざるをえなかった。

下りはガレキ道であるにも拘らず、子どもたちは飛ぶような勢いで歩き通した。日陰を求めて到着した広大な芝のグラウンドは、例年サッカーやラグビーの練習が行われ賑わっている場所だったが、今年は気味が悪いほどガランとして太陽の熱だけが渦を巻いていた。

細心の注意を払って過ごした合宿だったが、結果的に発熱者を出してしまった。

ところがこちらの神経がピリピリする程の高熱を出しているのに子どもの食欲はあまり落ちない。また、看護師が細やかに対応したものの、熱は上がったり下がったりを繰り返し安定しない。

舟を作って楽しみにしていた冷たい水での川遊び。この時だけは何としてでも全員で遊びたいと願ったものの、熱がひかず川に入れなかった子もいた。

“何とかしてやりたい”の一念で、経口補水液や梅干しなど考えつくものはみな携帯して動いた合宿だったが「全員参加」できたのは、キャンプファイヤーの時だけだった。

芝滑りも、川遊びも、山登りも、湿地帯探検も、夜の散歩も全員で出来なかったのは残念でならないが、来年の同窓(1年)合宿でこのリベンジをと思っている。

2018年度の合宿は「暑さ」と「発熱」で神経をすり減らした合宿であった。