班ごとにリーダー決めの話し合いをしました。4班でリーダーをやってみたいと手を挙げたのは萌ちゃんと元くんです。
「(リーダーは)萌だよ!」「オレだよ!」の言い合いが続きます。そんな2人の様子を見守る他のメンバーたち。そのうちに萌ちゃん、元くんはお互いに身を乗り出して「萌!」「オレだ!」と額と額をぶつけ合う勢いで言い合い、いっこうに進展しません。
すると、そんな様子を見兼ねた悠翔くんが「ケンカしても、しょうがないだろ!」と一喝。そう言われ今度は元くん、泣き出してしまいました。慌てたのは仲間たち。「えっ!? 何で泣くの?」「泣いたってしょうがないじゃん」「泣くのはおかしいよ」と口々に言っています。
風2組 学級通信 「麦」より
前回、「リーダー決め」という取り組みを通じて、「目指すべき人物像」を明確にし、「人を見る目」を育てていく活動をご紹介した。今回は「リーダー決め」の後編として、もうひとつの大切な教育意図について見ていこう。
指摘をアドバイスとして
受け止められる感性を
さて、「リーダーがいた方がいい」「こんな人にリーダーになってほしい」という合意はできたものの、「リーダー決め」はまさにここからが本番。「では、いったい誰がリーダーになるのか」という実際の選考においては、冒頭のエピソードのような状態からスタートすることになる。さて、この話はどのように展開していくのか? 再び学級通信を見てみよう。
そして私(先生)の所へやってきました。「先生、元くんと萌ちゃんがやりたい、やりたいってケンカして、元くんが泣いちゃった・・・」と説明を始める奏ちゃん。事の次第を聞き、他の仲間たちはどう思っているのかを聞いてみることにしました。
「萌ちゃんの方がいいと思う」と悠翔くん。どうしてか、理由を聞くと「萌ちゃんの方がいろいろ考えられると思うから」ということでした。健くんは、どっちがいいのか「わからない」、奏ちゃんは「萌ちゃんは優しいから」という理由で萌ちゃんを選び、功征くんは「元くんより萌ちゃんの方がしっかりしていると思う」と萌ちゃんを支持。真愛ちゃんは「元くんはたまに困っちゃうから・・・」と言います。具体的にどんな時なのか聞いてみると「あのね、あのね・・・話とかを聞いてない時があるから」と真愛ちゃん。自分の思っていることを、何とか自分の言葉で表現しよう、そんなふうに感じる真愛ちゃんの口ぶりでした。
仲間の言葉を聞き、ガックリと肩を落とす元くん。そして「じゃあ、萌ちゃんでいいよ」となったのでした。
話し合い直後、元くんに声をかけようとしたその時「元くんだってさぁ、話をちゃんと聞くようにすればいいんだよ」と、元くんの肩をポンッと叩きながら言う悠翔くんなのでした。
風2組 学級通信 「麦」より
リーダーに複数の子どもが立候補したものの、「選ばれる人は1人だけ」というのが現実である。そこで、風の谷幼稚園では「なぜ、その人がリーダーにふさわしいのか、ふさわしくないのか」という議論を子どもたちにさせる。「選ばれなかった理由」を指摘される子どもにとっては、一見厳しいとも思えるこの議論を通じて、子どもたちに何を学ばせようとしているのだろうか?
その答えは「他人からの指摘をアドバイスとして受け止められる感性」を身につけさせることである。これは大人にも言えることだが、自分の至らぬ点は自分では気がつきにくい。だからこそ、他人からの善意ある指摘は「自分を映し出す鏡」のようなものであり、理想と現実のギャップを知るための大切な手がかりとなる。しかし、その大切さは分かりながらも、自分の至らぬ点を指摘されることは、「自分が否定されていること」と受け止めてしまいやすい。ここで教育の力が必要になってくる。
「他人からの指摘を、批判ではなくアドバイスとして受け止められる人間になってほしいと思います。白紙状態である幼児期にこそ、人から指摘を受ける機会を意図的に創り出し、人の意見を受け入れる訓練を重ねることに意味があります。素直なこの時期だからこそ、この感性を身につけやすく、そして身につけた感性は将来の大きな財産となるのです」(天野園長)
この議論を通じて、自分が至らなかった点を知り、穏やかではない心中に折り合いをつけ、仲間から元気づけられながら明日への行動指針を得る。この議論をせず、「多数決で決まった」という結果だけで終わりにするならば、選ばれなかった子どもには「悔しい思い」だけが残るのだろう。このプロセスを経て、その「悔しい思い」は「明日への糧」に変わり、「受け入れる心」を育てる栄養となる。
そして、この「他人からの指摘をアドバイスとして受け止められる感性」は、子どもたちに「自己変革」を起こす力を育てていくことにもつながっていく。まさに「良薬は口に苦し」だが、「自分がリーダーとして受け入れてもらうためには、何をどのように変えていけばいいのか」を考え、行動に移せるようになる。こうして子どもの心は着実に一回り成長していくのである。
お誕生日に最高のプレゼント
この「リーダー決め」は年長児クラスになってからは学期が変わるごと、さらには活動に応じて何度も行われる。これは繰り返し行うことで「リーダーにふさわしい人物像」がより明確になり、選ぶ側の「人を見る目」が育っていくことを前回紹介した。(密着レポート第20回「5歳児でリーダーが必要な理由」参照)
さらに言えば、この「リーダー決め」が繰り返し行われることは、それだけ多くの子どもが「自分に対するアドバイス」を聞く機会が増えるということでもある。しかし、「リーダーに選ばれる子どもは固定化してくるのでは?」とお考えになる方もいらっしゃるかもしれないが、風の谷幼稚園の状況は違っている。
「リーダーを多くの子どもに体験させたい」という先生たちの思いも伝わってか、自然と多くの子どもがリーダーとして選ばれていく。これには、大きく分けて2つのパターンがあるようだ。
その1つは、子どもたち自身が「リーダーにふさわしい人物像」を考え、それを言葉に出して議論する中で、最初は消極的だった子どもも「自分にもできるかも」と思い、自らが手を上げるようになってくるというパターン。もうひとつは、仲間に促されてリーダーに立候補するパターンだ。実際にリーダーを経験した子どもが消極的な子どもに対して、「やってみなよ」と声をかける。「でも、できないよ」と答える仲間には、「大丈夫、手伝うから」と言ってリーダーになることを勧める。これによって、多くの子どもが「他人からの指摘をアドバイスとして受け止められる感性」を育てる機会をもつ。
さらに風の谷幼稚園では「お誕生会」という別の機会を設け、全員が仲間からのアドバイスを受け入れる機会を創り出している。その様子を学級通信から見てみよう。
風組になると、誕生月の子どもには仲間から“言葉”がおくられます。いろいろな角度から仲間を見つめたり、また新たな発見をしたりと、仲間のことを見つめなおす機会になったら、と思っています。仲間に関心を示し、具体的な事実に即して「こういうところがいいと思う」「ここはもっとこうするといいよ」と様々な面から仲間のことを見られるようになって欲しいと思っています。そして、仲間のことをもっともっと好きになったり、より深いところでのつながりを強めていったりして欲しいと思います。
また、“言葉”をおくられた子は、その内容をしっかり受けとめて、自分自身を見つめ、自分の成長に役立たせて欲しいと願っています。
~仲間から仲間へ~
康平くんへ
いつも遊んでくれてうれしいよ
こまを教えてくれたことがあって、やさしいと思った
班の仕事をきっちりやっていていいね
鳥組の時、なわとびができなかった時にもがんばってやっていてすごいなと思った
私が1人で机を運んでいる時に手伝ってくれてうれしかったよ
嫌なことをされて「嫌だ」って言っている人のところへ来て助けてあげるところがいいね
1人で遊んでいると一緒に遊びに誘ってくれるところがやさしいね
風1組の響ちゃんとケンカをしていた時に「仲直りしな」って言ってくれて嬉しかった
たけのこ掘りの時、一緒に掘ってくれてうれしかった
鳥組のジャガイモ掘りの時、すごーく重いのに幼稚園までおろさず持ってきてすごかったね
凛くんへ
いつもこまを教えてくれるところがいいと思う
鳥組の頃、いっぱい遊んでくれてうれしかった
跳び箱の五段を跳ぶ時に、踏み切りがすごく上手くってすごいなと思って、自分もそうなりたいと思った
康平くんとふざけていることがあるから、それはやめた方がいいよ
いつも康平くんと朝の会や帰りの会の時、遊んじゃうから、席を替えた方がいいと思うよ
風2組 学級通信 「麦」より
贈られる言葉は温かな内容のものが多いが、機会を重ねるごとに「お弁当はゆっくり食べたほうがいいよ」「あのときはこうしたらよかったと思うよ」と注意を促す言葉も増えてくる。
「おめでたい日にこのような言葉を贈られることに、最初は抵抗感を感じる親や子どももいますが、『ここを良くすれば、もっと好きになってくれるんだよ』と声をかければ、子どもたちは『うん、わかった』と素直に受け入れていきます」(天野園長)
少々話は横道にそれるが、風の谷幼稚園では年中児クラスから年長児クラスに持ち上がる段階では、いわゆる「クラス替え」は行われない。「人を理解し、しっかりと関わり合い、心を通い合わせる経験を多く持たせる」という幼稚園の教育方針から、2年間、同じ仲間と活動を共にすることになる。さまざまな活動を共にする中で育まれた信頼関係と、「アドバイスをするときには具体的に」という指導を受けてきたことが相乗効果となって、アドバイスはより的確な内容になり、子どもたちはそれを受け入れる力をつけていく。この経験をすること自体が、何にも勝る最高のプレゼントではないだろうか。
まずは仲間からの指摘をアドバイスとして受け入れることからスタートし、将来はあらゆる指摘をアドバイスと捉え、成長の糧としていけるようなたくましい心を持った人間に育ってほしい。こんな思いを胸に、先生たちの指導は続く。