第9回 950kgの芋を背負って~天野先生のひとりごと~

11月12日はさつま芋掘りだった。
前日、雨が降って気が揉めた。しかし、この日は気温が幾分低いものの、芋掘りには最適の温度。前日の雨もほどよく土を湿らせていて掘りやすくなっていた。
出発時には、ジャンパーやトレーナ―を着ていたものの、蔓を引き、芋を掘るうちに体も汗ばんでほとんどの子が一枚脱いだ。

蔓を引っ張り、「芋づる式」を経験しながらも、しっかり大きくなっている芋は、土の中から出ることを頑なに拒む。力を加えてさらに引っ張ると茎を残してちぎれてしまう。それを、子どもたちはモグラのごとくひたすら掘り出して行く。
一人に1枚手渡されている袋は、見る見るうちにいっぱいになる。中には掘りだすのが楽しくて、自分の袋に入らなくなると仲間の掘りだしに手を貸している子もいる。

芋でいっぱいになった袋を、畑の隅に置いてある“芋掘り用リュック”の場所まで運ぶ。どれも持ち上げる事が出来ないほど重いため、皆引きずって畑の中を移動する。芋の重さで袋に穴があいてしまう子も。
“芋掘りリュック”は、芋掘り用に全園児分を揃えてあったが、袋ごと中に入れようとするも入りきれない子が続出。いろいろ工夫して何とか詰め込んだものの今度はファスナーがなかなか閉まらない。
「さぁ、背負って帰ろう」と芋いっぱいのリュックの肩ベルトに手を通し、何とか中腰になったものの芋の重さでコロンと体が転がってしまう。あっちでもこっちでもコロン、コロン。中には、リュックの上で仰向けになって手をバタつかせている姿も。カメがひっくり返った姿にそっくりだ。
本人たちは芋と真剣に格闘しているのだが、見ている方はその姿があまりにもおかしくて笑いをこらえるのが大変だった。
先生の手を借りてやっと立ち上がった子どもたちは、腰を曲げておじいさんスタイルでフラフラと歩き出す。
園まで帰れるだろうかと危ぶまれるほどの歩き方。ところが20メートル、30メートルと進むうちに、芋が体に馴染むのか体のふらつきが減ってくる。100メートルを超える頃になると全くの無言で重さにじっと耐えてはいるものの歩き方が安定して来る。人間の体の対応力は大したものだと感心させられる。

掘りたいだけ掘って、持ち帰りたいだけ背負って帰る。ただし、重くて量を減らしたいと思った子は減らしてもいい。しかし、自分の体から離したものは先生のものになる。また、量を減らすか減らさないかは自分で決め、自分で決めたからには、泣いたり弱音を吐いたりはしない。
これが、風の谷幼稚園の芋掘りのルールである。

子どもたちが芋を背負って、アップダウンのある尾根道を1.5キロ歩いて園に戻るのは並大抵のしんどさではない。その気持ちを支えているのは、家族のために、お祖父ちゃんお祖母ちゃんのためという思いだ。
3~5歳という小さな子どもたちでも“人のため”にいう思いが背中の重さに歯を食いしばり、ふらつく足を前に運ばせているのだ。
運んで来た芋は、目の前で測量してもらい自分の頑張りがはっきり自分の目に見えるようにしてやる。頑張った自分、頑張れた自分を実感させる事が大事だと考えている。そしてそれが、子どもの中では自信となって積み上がっていく。

自分の体重の半分ほどの重さに四苦八苦しながら、それでも仲間の大変さにも心を配り、手を貸し合う子どもたち。
苦しいからこそ助け合おうとするその姿に感動すら覚える。
先生に励まされ、仲間に支えられ、強い意志で持ち帰ったさつま芋の入ったリュック。園に足を踏み入れた時の誇りに満ちた顔は何にも勝る顔であった。

数年前、中学受験した卒園児が訪ねてきたことがある。受験した先は慶応中学と聞いて、受験勉強はさぞかし大変だっただろうと思った。
ところが、当人の答えは「芋掘りに比べたら、たいしたことはなかった」と言う。
一瞬「えっ?」となった。 芋掘りと、受験勉強がつながるなんて思ってもいなかった。
子どもの経験は時間を超えて経験の種類を超えて繋がるのかと私にとっては驚きでもあり発見でもあった。

ことし子どもたちが掘った芋は950キロだった。当日お休みの子もいたので、この950キロは159人で掘って運んだことになる。
ジャガイモに比べ、さつま芋は掘りにくく背負いにくい。それでも子どもたちは950キロも持ち帰ったのだ。
きっと家に帰って、沢山の褒め言葉と感謝の言葉を受けたことだろう。そして、その言葉を糧に子どもたちは更に確かな力を持って大きくなっていくのだろう。

また、重さの前で妥協して大変さを回避した子どもたちは、帰り道は楽だった分だけ、家に持ち帰る芋の量は少なかった。
そのため、周りの仲間が、“重くて辛かったけれど、頑張ったんだ”と意気揚々と仲間や親に報告している姿を横目で見ながら複雑な表情で降園して行った。
でも、そこで感じた後悔の様な気持は、子どもの中で熟成されて、次の時には“後ずさりしない強い気持ち”となって表れてくる。そうやって子どもたちは成長していく。

ずいぶん前の話になるが、3歳の優大くんは掘るのも嫌、重いのも嫌とこちらがいくら声をかけても応じず、いやいや掘った2~3本の芋を持ち帰っただけだった。
お母さんには、「自分で決めてとった行動なので何もいわない様に」とアドバイスをしておいた。
芋掘りの話は、「ああだった、こうだった」と親同士、子ども同士で数日間盛りあがる。そんな中で、優大くんも思うところがあったようだ。 その優大くん、4歳(年中)の芋掘りでは「いっぱい掘ってくる」の決意で畑に向ったのだ。ところがこの年は不作で家に持ち帰るほどの収穫はなく、園でみんなで食べて終わりになった。
5歳(年長)になった優大くんは、「今度こそは」と並々ならない意気込みで畑に向い、8キロの芋を背負って帰って来た。
3歳の時の思いを、2年間抱え込んで5歳になってやっと達成した優大くん。 その時の晴れ晴れとした優大くんの顔が今でも鮮明に思い浮かぶ。

どんな経験からでも学んで強くなる人間の成長って、素晴らしいと思う。

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