12. 「頑張れ」の正しい使い方(円盤づくり・後編)

ボール紙に画びょうをさしたままで首を横に傾けていた眞由ちゃん。作り方はわかっているようで取り組んではいくのですがまんまるが描けず、手が出せない状態です。
「眞由ちゃんは何に困っているの? 何がわからないの?」そう声をかけると「まんまるに描けないの……」とポツリ。
「じゃあどうして描けないのか見ててあげるね」と、一度自分で描いてみるように言うと、やはり糸を張ることが難しいようなのです。なので、糸を張るということはどういうことなのかがわかるようにと一緒に鉛筆を持って4分の1を描いていきました。
「先生、手を離すからね。ピーンって糸を伸ばすようにしてごらん」
どう言えば伝わるかと、言葉を変えながら何度も何度も描き直し、「切る線が見えなくならないよう線の横を切るんだよ」と伝え、やっとのことでまんまるの円ばんを作り上げたのでした。そのときの喜びようといったらもう!!
帰りの会時にみんなの前で、前日に作った円ばんを見せながら、「これは1枚目。これは2枚目。そしてこれが3枚目!! だんだんきれいになっていって、3枚目は先生が作ったみたいでしょっ!!」と話していくと、なんと3枚目の時に仲間たちから「おーっ! きれーい!!」と拍手が。帰りには、「明日はたくさん作るから、紙いっぱい用意しておいてね!」とうれしそうに言う眞由ちゃんなのでした。
この眞由ちゃん、実はお弁当後に3枚の円ばんを持っていろんな先生に「どれが1番きれいなまんまる?」と聞きにまわっていたようです。“きれいに作れたんだ” そういう思いが次への意欲へとつながっていくことでしょう。                                       鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

今回は風の谷幼稚園の「紙工作」の後編をお伝えする。前編では自分で判断する力のベースとなる「基準作り」を紹介したが、「紙工作」にはまだまだ多くの教育意図が含まれている。このひとつが、冒頭の学級通信からも読み取っていただけるように、「どこがどううまくいかなかったのか」「どうすればうまくいくのか」を自分で考えられるようになること、すなわち「問題は必ず解決できるという思考力」を育てていくことである。

「頑張れ!」って言われても・・・

ここで大切なのは「どこがどううまくいかなかったのか」の“どこが”の部分だ。この“どこが”が明らかになるからこそ、「“どう”すればうまくいくのか」という仮説と見通しを持つことができ、それを検証していけるようになる。

密着レポート第7回でも紹介したように、“どこが”がわからない状態で、ただ「これじゃあダメだ」「頑張れ、頑張れ」と言われただけでは子どもがかえって萎縮してしまうこともある。先生が一人ひとりの子どもと向き合い、子どもごとに個別な「“どこが”どううまくいかなかったのか」を探し出し、気付かせ、「“どう”すればうまくいくのか」をガイドする。その結果として、子どもは自分が努力すべき方向性を見出していくのである。

これについて、先生と親との間で交わされる「れんらくちょう」には以下のような記述がある。

前回の親園会のとき、先生が円ばん作りの件でいろいろな子どもたちの様子を話してくださったので家に帰ってから翔太に円ばんの話を聞いてみました。でもはぐらかした答えばかりで……。私は「たぶん上手にできてないからかな~」と感じていました。
今までも上手にできないとすぐにあきらめて投げ出してしまうことが多々ありました。私も一応は「練習すれば段々と上手になるんだよ」とか「誰だって最初から上手にできる人はいないんだよ」とかいろいろ言って聞かせてはいたのですが、私自身ただ翔太を頑張らせようと「頑張れ!」しか言ってなかった様な気がします。
きちんと子どもと向き合っていれば“できないところ”が見えてくるんですね! それによって“できないところ”を具体的に教えればいいんですね! 

一部には「頑張れという言葉は子どもを追い詰める。頑張れという言葉を言ってはいけない」という主張もあるようだが、これを単なる言葉の問題として捉えてしまうなら、むしろその方が問題だろう。もう少しで一皮むけそうな相手を見て「頑張れ」と声をかけるのはごく普通の感覚ではないだろうか。このときに大切なのは「どのように頑張ればいいのか」を合わせて伝えること。これを認識しておくことが一番大切なのである。

できないところがわかればできる

さて「紙工作」において、子どもたちが苦労するのは「まんまる」が描けた後の「まんまるに紙を切る」ということだ。年中児であれば、ハサミはそこそこに使いこなすが、どのように切ればよいのかがわからないのである。ここで再び学級通信を見てみよう。

「上手だね! 今度は切るときに気を付けてね。線の横だよ」
しかし、はさみを持った翔太くん。動きません。そして「できない」と一言。「何ができないの? 何がわからないの?」そう聞くと、どう伝えればいいのかもわからないようで首を横にかしげてしまいました。
「じゃあ、どこができないのか見ててあげるから切ってごらん」
そうして切り始めたものの線の上側を切っているため、切っているうちにどこを切ればいいのかわからなくなってしまいました。
「翔太くんは、線の横がどこかがわからないんじゃない? 線の横ってここだよ」
実際に翔太くんの目の前で切りながら教えていくと、しばらくして「あっ、わかった!」との声。それからというもの、線の横を意識して自分の力で切り終えたのでした。
「ほらね。どこができないのかわかると、できるようになるんだよ。もう1人で作って大丈夫だと思うよ」そう声をかけると2枚、3枚と作っていく翔太くん。“できないところがわかるとできる”ということ、身をもってわかったでしょうね。                     鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

1度や2度うまくいかないことがあっても、「“どう”すればうまくいくのか」という見通しをもって行動し、「こうすればうまくいく」という実感を得た子どもたちの中には、少しずつ自分への自信が芽生え始めていくのである。これが風の谷幼稚園の目指す「人間として誇りを持って生きていく」ことに繋がっていく。

きちんと片づけるってどういうこと?

「もうおしまいにするよ。はさみは8本あるかな? ごみは集めて捨ててね」
作り終えた後はみんなで片付けです。グループごとの道具はすべて8つずつ。グループの仲間と数を数えてからホワイトボードの下に戻すというふうにしています。糸が1本でもなくなると「○グループの糸がないよー」という当番の一声で一斉に机の下にもぐったり、再び他グループの道具数を数え直す子どもたち。
このように道具の扱い方はもちろんのこと、道具の管理の仕方にも意識を向ける取り組みにしたいと思っています。
また、きちんと片付けをして“おしまい”にすることで、物事には“はじめ”があって“終わり”があることが伝わるとも考えています。
行動を完結させることが大事なのです。              鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

この「紙工作」の教育意図はまだまだ奥が深い。これには道具の管理の仕方を覚えさせるという大切な教育目標がある。だが、ここでいう管理とは、「道具が紛失していないか」「ちゃんと片付けられているか」という外形的なことを教えることに留まらない。「共有物である道具をきちんと片づけなければ仲間に迷惑がかかる」という社会性を教えることにむしろ主眼が置かれている。

密着レポート第6回で紹介したが、天野園長の危惧する「ものが豊かになったことで失われたもの」である「自分の行動を相手の行動と結び付けて考えることができる力」。これを子どもたちの中になんとか育てていきたいという思いがあるのだ。

電話をはじめ、かつては共有物であったものが個人別に所有される現代。この傾向はますます進むことが予想される。これは確かに便利な半面、自分勝手な行動を増殖させる温床にもなりうる。

そんな時代の流れにも流されず、自分の行動の影響に十分気が配れる人間を育てたい。そんな思いを込めながら、片付けの指導にも身が入る先生たちなのである。

「紙工作」に込められた教育意図は他にもあるが、このあたりにしておこう。「紙工作」ひとつをとっても、子どものために考えに考え抜かれ、さらに試行錯誤を繰り返しながら進化し続ける風の谷幼稚園の教育には、ただただ驚くばかりである。

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