7. 失敗を諦めず、悔しさを感じる子を育てる

「底板が少しずれちゃったからやり直しだ!」

「釘がはみだしたから打ち直す!」

風の谷幼稚園の風組(5歳児クラス)からは、毎年こんな声が聞こえてくる。これは風の谷名物ともいえる「箱作り」のひとコマ。長さが120センチメートル・厚さ1.4センチメートル・幅4センチメートルもある板を与えられた子どもたちは、「どうすればこの板から箱が作れる」を考え、寸法を測り、のこぎりを使って板を切り出していく。そして、板を組み合わせてかなづちで釘を打っていく。

もちろん、1回でうまくいくことは滅多にない。底板がずれたり、枠が歪んだりと悪戦苦闘の連続だ。しかし、子どもたちは釘抜きで釘を抜き、何度も何度も挑戦する。ついには立派な箱が完成し、仲間や先生と喜びを分かち合う。こんな光景が毎年繰り返されている。

風の谷幼稚園では、5歳児に限らず、3歳児・4歳児の教育カリキュラムにも木工作を取り入れている。これによって子どもたちは自分の手で遊び道具(船や乗り物)を作り出せることを知り、さらに道具を使いこなす技能を獲得していくが、それは結果であり本質ではない。このカリキュラムの一番の狙いは、誇りを持って生きていくために必要な3番目の力である「問題は必ず解決できるという思考力」を身につけさせることにある。

今回はこの内容について見ていこう。

安易な慰めは 目標達成意欲を下げる

まだ非力な子どもたちが一生懸命のこぎりを引いて板を切り、小さな手にかなづちをもって釘を打つ姿を見ていると、その健気さに胸がいっぱいになってしまう。そして、出来上がった箱が少々歪んでいようとも「よくできたね!」と褒めたくなる。また、思い通りに行かなくて落ち込んでいる子どもがいれば、「失敗したっていいんだよ」と慰めたくなる。これは大人としてごく普通の感情だろう。しかし、子どもの成長を真剣に考えるならば、このような対応にはいろいろなマイナス面が見えてくる。

大人の甘さが、子どもの成長を潰してしまうと語る、天野優子園長

「子どもたちが『失敗した』『上手くいかなかった』と思っているのに、大人たちは『いいのよ。失敗したっていいのよ』という慰め方をよくしますが、これは、子どもたちの『上手くいかなかった、困ったな、イヤだな』という気持ちを慰めることにはなっていないのです」(天野園長)

子どもたちは、誰よりも自分が「うまくいかなかった」ということを感じている。大人が安易な慰めをしてしまうと、かえってみじめな思いをさせてしまうこともある。あるいは「こんなもんでいいんだ」と値踏みをして、向上心や目標達成意欲が育たないこともある。つまり、せっかく子どもたちが「悔しい、できるようになりたい」という思いをバネに成長しようとしている機会を、大人の「甘さ」が潰しかねないのである。

この認識のもと、風の谷幼稚園の先生たちは「やり直し」を指導する。しかし、ただ「やり直す」ということではない。

「『やり直せばいいよ』と言っても、どこがどうダメだったのかを分からないままやり直しをさせたのでは、同じ失敗を繰り返すことになります。すると『もういやだ、やりたくない』と言う気持ちになるわけです。そして、上手くいかなかったらどうしようという心配ばかりが先に立つようになってしまうのです」(天野園長)

どうしたら箱が作れるか、真剣に考える子どもたち。先生のサポートや仲間との協力によって、「失敗を恐れず、諦めない心」が育つ

うまくいかなかったとき、「どこがどうダメだったのか?」「どうすればうまくいくのか」を子どもたちに考えさせる。事実を直視する目とそれへの対応策を考えられるよう先生はサポートする。その結果、子どもたちはそれぞれの胸の内に「こういうときは、こうすればいいのか」という自分が努力すべき方向を見出す。

たとえば冒頭の箱作りの場面では、子どもたちは最初に底板と枠の一面をつなげようとして釘を打ち始めてしまうが、これではうまくいかない。そこで先生はまず枠からつくりはじめるときれいにできることを教える。これでもうまくいかない子どもたちは、さらに釘を抜いてやり直す。それまでにも釘を抜いたり打ったりを繰り返しているので、木片は釘の穴だらけだ。しかし、年少、年中クラスで積み上げてきた経験と努力すべき方向を見出した子どもの心は折れることがない。

ちなみに、このプロセスはマンツーマンで行われ、型押しの一斉指導ではない。なぜなら、うまくいかない原因は個人の能力差も関係してくるため、子どもに応じたきめ細かい指導が必要と考えているからだ。その結果、うまくいくこともあれば、またうまくいかないこともある。しかし、先生や仲間に支えられながらさらに再挑戦を繰り返す。釘を抜けば何度でもやり直せる木工作はこのプロセスを体感するには絶好の教材なのである。

幼児期に絶対に必要なのは失敗を恐れない子どもに育てることです。失敗を恐れないというのは、問題は解決できるであろうと思えるからなのです。そう思えるだけの経験をさせておいてやる事が何よりも子どもを強くするのです。親や教師は『この子は将来1人で生きていくのだから』という意識を持って子どもを育てることが大切です。このように思うだけでも子どもへの対応はかなり違ってきます」(天野園長)

「うまくいかない、悔しい」
この心の動きを成長に結びつけてやる

木工作に限らず、風の谷幼稚園の教育カリキュラムの多くは、子どもたちに以下のプロセスを体験させるよう設計されている。

課題をクリアし、先生や仲間と喜びを分かち合う

1)「うまくいかない、悔しい」と心が動く
2)「どうすればうまくいくか」を考える
3)試行錯誤を重ねながら、目標を達成する
4)自分の失敗体験と成功体験をもとに、仲間をサポートする
5)みんなで喜びを分かち合う

羊毛を使ってのポシェットづくり、なわとび、跳び箱、竹馬乗りまであらゆるカリキュラムにおいて、これは徹底されている。もちろん、中には与えられた課題を苦もなくクリアできる子どももいるが、そんな子どもには一段階高い目標が課せられる。これは、上記のプロセスをあえて経験させるためだ。

「どんな状況にも決して怯まない・屈しないという強さ。そして、苦しいことにも耐えられ、覚悟を持って物事に臨めるような強さを身につけさせてやりたいと思っています。そのために、問題にぶつかり、悔しい思いをし、『でも、何かいい方法があるはずだ』と考え、問題を乗り越えていくプロセスをたくさん経験することこそが大切なのです、」(天野園長)

冒頭でも述べたように、木工作がうまくできたり、竹馬に乗れるようになるのは、あくまでも結果であり、大切なのはプロセスである。これを省いて「成功への近道」を教えることは風の谷幼稚園では「あり得ない」ことなのである。

また、あえてこの経験をさせるのは、失敗を恐れない心を育てるためだけではない。これは第6回で紹介した「人や自然と交流できる力」の育成とも結びついている。

「自分がうまくいかなかった経験があるからこそ、うまくいかなくて困っている人の気持ちを思いやれるようになるのだと思います。仲間を気遣い、一緒に問題を乗り越え、仲間の成功を自分のことのよう喜べる。そんな心をもった子どもを育てたい。指導は一人一人の子どもにあわせておこないますが、仲間と一緒に問題を乗り越えるということが大切なのです」(天野園長)

「仲間のおかげで問題を乗り越えられた」「仲間の役に立てた」・・・、こんな心の動きを感じ、心を通じ合わせ、それを支えにしながら風の谷の子どもたちは毎日を問題に立ち向かっている。

何かいい方法はあるはずだ

この「問題は必ず解決できるという思考力」を育てるためには、もうひとつ絶対に欠かせないことがある。それは大人が模範を示すことである。たとえば、風の谷幼稚園にはこんなエピソードがある。

毎年4月下旬に取り組む「鯉のぼりづくり」。人がくぐれるほどの大きさで長さ5メートルの鯉のぼりを手作りし、空を泳がせる。子どもたちが大喜びする恒例行事だ。しかし創立当初、幼稚園の資金は乏しく、布と絵の具は用意したものの鯉のぼりの模様を描く筆が足りない。「せっかく買うなら良いものを」という思いがあるため、安物の筆で数をそろえることに躊躇せざるを得なかった。

そこで「どうしようか、どうしようか」と考え続けてたどり着いた結論は、「筆がなければ手があるじゃないか!」。こうしてこの年は、子どもたち全員の手形のうろこをまとった鯉のぼりが悠然と風の谷の空を泳いだ。そして、この“手筆”は、毎年秋に3歳児のためにつくられる実物大の「きりん」(写真)にも応用されている。

きりんの「手形」模様

何か事を為そうとするときに、何の問題もないことの方が稀であろう。このとき、どのような姿勢で問題と対峙しどのような行動に結び付けていくのか。「できない言い訳探し」に時間とエネルギーを割き無作為に終わるのか、「何かいい方法があるはずだ」と考え解決策を模索し行動を起こすのか?

大人の姿を見て子どもは育つ。問題に対する大人の在り方が子どもに与える影響は書くまでもないだろう。

以上6回にわたって紹介してきた内容が、風の谷幼稚園の考える「幼児期に大切な3つの力」の概略である。次回からは、この3つの力が実際にどのように育っていくのか、3歳児から5歳児までの学級日誌をもとに順を追って紹介していこう。

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