8. 年長が年少に優しくできるのはなぜ?

グランドからの帰り、奈々子ちゃんと手をつないだ風組(5歳児年長クラス)の広貴くん。どうしても前の子との間が空いてしまいます。
「広ちゃん、間をあけないようにね」と言うと「だって、この子(奈々子ちゃん)が」と広貴くん。どうやら奈々子ちゃんがパッと手を離してしまったり、急に止まってしまったりするのでなかなかスムーズに歩けないのです。
止まってしまう奈々子ちゃんに「もう、歩いてよ」と広貴くん。その言葉が聞こえているのかいないのか、その後もやはりマイペースで歩く奈々子ちゃん。困って少しプリプリしながらも、決してひっぱったりせず奈々子ちゃんを待つ広貴くんは、さすが風組でした。    花1組学級通信「ぽかぽか」より

 これは入園式の1週間後行われる花組(3歳児年少クラス)を歓迎する行事のひとコマだ。中庭に全園児が集まっての「入園を祝う会」。そして、祝う会が終わると風組の子どもたちが新入園児である花組の子どもたちと手をつないで、近所の川崎フロンターレのグランドへ向かう。(近所にあるJリーグ・川崎フロンターレの練習グランドが空いているときは子どもたちの遊び場として使わせてもらえることになっている。先生や子どもたちはこの場所を「フロンターレ」と呼ぶ)

そして、このフロンターレに行くまでの約300メートルの間は、一般道路を歩くため自動車の往来もある。そこで風組は花組の手をつなぎ、自分たちが車道側に立ち3歳児を守るように歩く。そしてグランドに到着。ここでは風組がつくった風車がプレゼントされる。ドキドキわくわくしながらプレゼントの順番を待つ花組の子どもたち。そして風組から名前を呼ばれ、風車をもらって大喜びだ。

年長さんから風車をもらい、満面の笑顔の新入園児。この幼稚園生活スタートに込められた教育意図とは?

「見て、もらったよ!」

「まわった!」

色とりどりの風車と子どもたちの歓声と笑顔でグランドが一杯になる。入園して何日かは、「お母さーん」「ママー」と泣いてばかりいた子どもたちは、少しずつ幼稚園の生活に慣れていく・・・。

このように風の谷幼稚園の新入園児たちの1年は、先生や年長児の愛情を全身でたっぷりと感じるところからスタートする。このスタートに込められた意味を今回は紹介していこう。

大きい者としてやるべきことを自覚する

とにかく風の谷幼稚園の子どもは、年少の子どもへの気遣いがとても穏やかで温かだ。先生が特別な指導をしなくても、5歳児たちは年長者として当然のように年少の子どもたちに優しく接することができる。しかし、開園当初からこうだったわけではない。まさに12年間の教育努力の賜とも言える伝統だが、まずはその経緯を振り返ってみよう。

風の谷幼稚園が開園して初めて編成した年長児クラスでは、年少児や年中児に対して「自分より小さな子どもたち」という意識が薄く、先生が意識的に関わらせなければ関係を持たない傾向にあったという。

「『入園したばかりの年少児たちの面倒を見てやろう』と提案すると『何で面倒をみなくちゃいけないの?』という発言がでるほどでした。『大きい子が小さい子の面倒をみるのは当たり前』と思っていた私には、この発言はとてもショックでした」(天野園長)

「なぜなんだろう?」「どうしてなんだろう?」あれこれ思い悩む日が続いた。そして、「もしかしたら、年長児から世話をしてもらった経験がないことから、年上とか年下とかの意識が持てないでいるのではないか」という思いに至ったという。

 実際にこの子どもたちは、年長児に優しく面倒をみてもらったという経験がなかったのだ。

たてわり活動のひとコマ。このような活動が、年長さんの「大きい者」としての自覚を生む

そこで「たてわり活動」というプログラムを保育に取り入れた。そして、多少の無理は承知で、機会あるごとに「年長児」として年少、年中と一緒に行動し、自分よりも小さい子どもに関心を持ち、彼らを理解し大事にするよう要求していった。

そんな実践が年長児たちの意識を少しずつ変えていいき、次第に自分より小さい者への関わり方に変化が生まれ、大きい者として何をなさねばならないかを考えて行動するようになったという。

相手の気持ちを慮れる子どもたち

自分が優しくしてもらって初めて優しくできる。優しさの表現の仕方を知るということでもあるのだろう。年長児クラスの学級通信には以下のような一節が記されている。

花組時代を思い出しながら、「あのね、いっぱい泣いた」という七海ちゃんの言葉に「うんうん」とうなずきながら、「泣いてばかりいた」「お母さんと離れるのがイヤで泣いた」という声があちこちから上がりました。
そして「泣いたけど、風組が折り紙を折ってくれたり、ぬり絵をくれたりしたから、うれしかった」と当時の風組がしてくれたことを思い出していました。
幼稚園のことは何もわからずさみしくて心細かったとき、風組が優しくしてくれたことは、不安な子どもたちにとってどんなに大きな心のよりどころになったのか、改めて感じました。
風2組学級通信「麦」より

そして、年長児たちは年少児が入園してくる前に「自分たちでできることはないか」を考え、行動として表現していく。そのひとつが毎年恒例となった「積み木磨き」だ。ささくれなどで新入園児がけがをしないよう一所懸命磨く。さらに、砂場が固くなっていることを見つけると、砂場の砂をほぐしてやわらかくし、砂場道具もきれいに洗っておく。

「子どもの日集会」で、年長児の作ったこいのぼりをくぐる年少児たち。年長さんの優しさが、年少さんの「相手を思いやる気持ち」を育てる

これだけではない。毎朝そばにいて遊んであげる「新入生の朝の世話係」、冒頭で紹介した「新入園児を迎える会」での風車のプレゼント、さらには「子どもの日集会」では、大きなこいのぼりを年長児がつくり、その中を年少児にくぐらせてあげる・・・。このような行動を通じて、園児たちは「人と心を通い合わせる原体験」(密着レポート(6)を参照)を積み重ねていくのである。

入園早々に、これほどの愛情を注がれた子どもたちは、どんな気持ちになるのだろう?そして、どのように育っていくのであろうか?

「入園当時の不安だった気持ちやお母さんと離れるのが辛かったことなど、子どもたちは良く覚えています。そして、そんなときお姉さん、お兄さん(年長児)がいろいろ関わってくれた事もしっかり覚えています。そして『やってもらって嬉しかったこと』が具体的に思い出されます。自分たちも新入園児の小さな子どもたちの気持ちが分かるから、泣かないようにしてやろう、不安がらないようにしてやろうという気持ちが年長児たちの心の中に起きて来るのです。そして、そのような気持ちで、新入の年少児に関わりますので、年少児たちがどんな理不尽なことをしても『今はまだわからないから・・・』と相手の気持ちを慮って年長児として対応をしていきます」(天野園長)

つまり、入園したばかりの不安定な時期に優しくしてもらった経験こそが、「優しさ」や「人の痛みをわかる心」を育むベースとなっているのである。

3歳児たちがこの時期の意味を知るのは先のことだが、あふれるほどの「優しさ」で始まった新しい日々は、心の奥底に染みついて一生の宝物になる。

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