24. ルールをつくる理由って何だろう?

「リレーって知ってる?」
「知ってる、知ってる!」「棒を持って走って、次の人に渡していくの」「それは棒じゃなくて、バトンって言うんだよ」「そう、それだね・・・」と、口々に『リレー』について話す子どもたち。
「次の人って? どういうこと?」と、とぼけた調子で質問する先生に、「例えば3班だったらね、僕が走り終わったら次の奏ちゃんにバトンを渡して、それで奏ちゃんが今度は・・・」と真剣に説明してくれた悠翔くん。
「じゃあ、班の仲間がチームってこと?」と聞くと「そう!」と答える子どもたち。「それで速い班の勝ち!」ということで、さっそく『リレー』をやってみることにしました。     風2組 学級通信「麦」より

年長児クラスの10月、風の谷幼稚園では「リレー」の取り組みが始まる。リレーといえば幼稚園や小学校の運動会メニューの定番中の定番だが、この取り組みに秘められた教育意図は奥が深く、未来を見据えたものだ。今回はこの活動を紹介していこう。

ルールをつくる理由って何だろう?

さて、冒頭のエピソードにもあるように、まずは子どもたちに「リレーとはどんなものか?」を考えさせるところから始まるのが“風の谷流”だ。「リレーとはこうやるもので、こういうことを守って、さあ、やりましょう」といった具合にカリキュラムが進行することはない。

年中児時代に年長児たちの姿を見て「なんとなく」のイメージはあるものの、「具体的にどうしたらいいのか」はよくわからない状態だ。そこで、先生は子どもたちが思いついた通りにリレーの実技を進めていく。この様子を学級通信から見てみよう。

どのチームも「1位」を主張するが、果たして・・・?

①直線を走り、先生が立っている所をグルッと回ってきて次の人に代わる、という人と、②トラックを1周走って次の人に代わる、という人がいたのですが、とりあえずは①の方法でやってみました。 
私は、というと子どもたちに言われるがまま「この辺でいい?」と子どもたちから離れた所に1人ポツンと立ち、リレーの行方を見守ることに・・・。
「ヨーイ、ドン!」 スタートです。「頑張れー!」「行けー!」と応援にも熱が入ります。私を目がけて走ってくる表情も、真剣そのもの。次々に、バトンが渡されていきます。
“そろそろ終わる頃かな”と思っていたのですが、白熱した応援は続き、なかなか終わりません。そんな中、「よし、これで終わり!」と最初に走るのをやめたのは4班。それを聞いてか、1、2班もなんとなく“終わりなのか”といった感じで終わりに。そして、仲間に押し出された感じで1人走ってきた悠翔くんは、私の所まで来ると「もう終わりのはずなのにさ、みんなが行けって言うんだよ・・・。おかしいなぁ」とブツブツ言いながら走り去っていきました。
おかしくて、おかしくてたまらない先生と「終わった!」「俺たちが1位!」と満足感いっぱいの子どもたち。さて、勝敗の行方はいったい・・・?                  風2組 学級通信「麦」より

密着レポート第17回でご紹介した年中児クラスの「ラグビー」のときは、根幹となるルール(どうやったら得点が入って、どういう状態になれば「勝ち」なのか)は予め先生から伝えられるが、リレーはすべて子どもたちが考える。

その結果、このエピソードにあるような独特(?)のリレーが行われ、そのユニークさに担任の先生も思わず吹き出しそうになってしまったというわけだ。「どうなれば勝ちなのか」が共通ルールになっていないため、自分が勝者だと信じて疑わない子どもたち。さて、このカリキュラムはここからが本番だ。

「ルール」がなぜ存在するのか。子どもたちはリレーを通じてその本質を学んでいく

ここで「リレー」に込められた教育意図の答えを明かすと、この活動目的は子どもたちに「ルールづくり」を経験させることにある。「ルールづくり」といっても、ただ「決まりごと」とか「やってはいけないこと」を決めることではない。「ルールは、自分たちのために自分たちでつくる」という経験をさせることなのである。

「ルールというのは、決して自分を縛るものではなく、社会生活を円滑に進め、かつ楽しむために自分たちでつくるというのが本来の姿です。幼児期の生活の中で、この原体験をさせることは大切だと考えています」(天野園長)

このルール本来の姿を知らないと、ルールとは「自分の行動を制約する鬱陶しいもの」「堅苦しいもの」と捉えてしまいやすいが、それは本質ではない。中には、責任逃れや思いつきでつくられたルールや、現実にそぐわないルールが存在することは確かだが、多くのルールには意味がある。

自分たちのために、自分たちでルールをつくる。この大切なことを幼稚園の年長児に原体験として教えてやりたい。この内容を体で感じながら子どもたちが学べる教材は何か。こんな深い思索の結果、風の谷幼稚園では「リレー」が格好の教材と判断し、この意図をもって教育に当たっている。そして、この原体験は小学校、中学校と成長していく過程で、そして社会人となった後の社会生活で必ず役立つ。こんな思いを込めて、先生たちの指導にも熱が入るのである。

ルールがあるから楽しくなる!

さて、実際にはどのようにルールは決まっていくのだろうか。再び学級通信を見てみよう。

「終わったのかな・・・?」と子どもたちの所へ戻り、「で、どこが1位だったの?」と聞くと「ハーイ!」と何人もの手が挙がります。“自分たちが1位”と信じて疑わない子どもたち。手を挙げる他の班の仲間を見て「えっ?」「あれ?」「なんで?」と不思議そうな顔をしています。
「あらら? 1位がいっぱいだけど・・・」と困った様子の私に、「4班が一番速く走り終わったよ」と貴良くん、七海ちゃん、健くん。
「最後、悠翔くんは、“終わりのはずなのに、仲間が行けって言うから走っちゃった”て言って走ってきたんだけど、みんな何回走ったの?」と言うと「1回」「2回」「?・・・わかんない」とバラバラ。
そんな中、すでに人数調整を行っていたのは4班でした。「うちは2人お休み(康平くん、美佑ちゃん)だから3人が2回走って終わりにしたんだよ」と主張する4班。
「どういうこと?」と他の班の子どもたちにもわかるように説明してもらいました。

お休みの子がいて班の人数が少なければ、速く走り終わるに決まっているから、人数が他の班と同じになるようにしたとのこと。
そこで、1人1回ずつ走り、お休みがいる場合は、ほかの班と人数を合わせるように、誰かが2回走る、というルールにすることに決まりました。
ルールははじめからあるのではなく、困ったことが起きたら、それを改善するために自分たちでつくっていくもの。そういった意識を子どもたちの中に育てていきたいと思っています。
風2組 学級通信「麦」より

こうして、子どもたちの間にルールの合意ができる。さらに話し合いを重ねていく中で、いわゆる標準的な「リレー」にたどり着き、運動会へとつながっていく。「リレー」をカリキュラムに取り入れている幼稚園は多いが、このような意図をもって取り組んでいるところはほとんどないだろう。この活動を通じて体力もついていくわけだが、子どもたちにとって一番の収穫は「自分たちのために自分たちでルールつくった」というプロセスを経験したことなのである。

幼児期の1年間は大人の10年間?

チームで勝つための作戦会議も

「リレー」の活動を通じて、「ルールづくり」とともに、子どもたちは多くを学ぶ。特に「他の班に勝ちたい」という健全な競争心から生まれる「勝つための作戦づくり」や「チームプレー」については、年中児クラス時代とは比べ物にならないほど、思考が高度化していることに驚く。幼児期の1年間というのは、大人の10年分くらいに相当するのではないかと思ってしまう。そして、その子どもの成長の様子は、先生と親との間でかわされる「れんらくちょう」にも記されている。

入浴後、早々とパジャマに着替え、なにやらテーブルの上で紙と鉛筆を使い、真剣に何か考えている様子の颯樹。「リレーの作戦を考えてるの」とトラックのバトンを渡す所、待っている仲間達を図にしています。消しゴムを使いながら書いては消し、ブツブツ言いながら、真剣そのものでした。きっと、先生がホワイトボードに書いていることを真剣に真似しているのでしょうね。
どうすれば一番になれるのか、家に帰ってからも作戦を立てているなんて、よっぽどリレーの活動が楽しいようです。「自分がやりたい!」「自分が! 自分が!」と言っていたのに、こんなに短期間で、仲間の力を認め、自分がチームの中でどの位置にいるのかを理解して、チームが勝つための方法を話し合っているなんて、本当に驚かされてしまいます。花(年少)、鳥(年中)の運動会前は、体が疲れ、家に帰る頃にはイライラしていることが多かったのに比べ、風組の今、走って疲れているのにも関わらず、活動の充実感があるのでしょう。今週はとても穏やかで、イライラしている萌樹(弟)に「どうしたの?」と声をかけていたりします。健全な姿って、こういうことをいうのでしょうね。心からそう思います。
風2組 「れんらくちょう」より

「リレー」を通じて、また一回り成長した子どもたち。いよいよ2学期も後半にさしかかり、風の谷幼稚園を巣立つ日も近づいているが、新しい世界で誇りをもってしっかりと生きていくための力は着実に育っている。

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