25. 年長で800回 なわとびで自分の限界に挑む

2学期に入って再び取り組み始めたなわとび。“連続100回”に挑戦したり、かけ足とび、はやとび(一拍跳び)に挑戦してきています。9月当初は、なわとびよりも虫捕り、ホールでの大型積木などに夢中だった人もいました。というよりもむしろ、なんとなく「なわとびは避けたい」という心の表れから、私(先生)から見たらあえて他の遊びに夢中になっているように思える人もいました。
それでも、朝の会や帰りの会の中で「○○ちゃんは今、△△とびを頑張っていて、もう少しでできそうなんだよ」などと話題にしていくと、「僕も」「私も」と、なわとびに夢中になる子が徐々に増えていきました。
いつしか、なわとびの話題は『なわとびニュース』という呼び名がつき、それぞれの目標設定の場にもなっているように感じます。「私もはやとびができるようになりたい」「玄貴くん、頑張ってるね」「智康くんはそんなにできるようになったんだ!」などと、自分の新たな目標を立てたり、仲間の頑張りを認め合ったりしている子どもたちです。そして、自分の目標を達成すると「見て、見て」と私の所へやってきて、最後に必ず「なわとびニュースでみんなにも伝えてね!」とつけ加えるのです。
それぞれが、自分の目標にむかって技に磨きをかけている毎日です。
風2組 学級通信「麦」より

風の谷幼稚園の年長児クラスの2学期には「なわとび」の取り組みが始まる。この「なわとび」については年中児クラスでの取り組みを紹介したが(密着レポート第15回第16回参照)、5歳児になった段階で、再びカリキュラムとしてスタートする。

年中児の段階では、「問題は必ず解決できるという思考力」と「人と心を通じ合わせる力」(コミュニケーション力)の育成に主眼が置かれていたが、年長児になるとそこに新たな教育意図が加わることになる。今回はその内容について紹介していこう。

5歳児が自分で決めた目標とは?

心も身体も大きく成長し、卒園式を迎える子どもたち。年長のなわとびではどんな力を身に付けたのか?

風の谷幼稚園では3月16日に卒園式が行われたばかりだ。今年の卒園児は、なわとび連続200~300回を跳べる子どもがたくさんいたが、中には連続800回(!)跳べた女の子がいたというから驚く。しかし、再三この連載でご紹介しているとおり、風の谷幼稚園のあらゆる活動の目的は心の育成であり、身体能力の向上はあくまでも結果なのである。では、年長児クラスの「なわとび」を通じて、どんな心を育てようとしているのか?

「5歳児でなわとびに取り組むことの意図は、自分で目標を設定させてそれをクリアしていくことにあります。それは人との競争ではなく、あくまでも自分との戦いです。自分の手の届く範囲で目標を設定し、それをクリアする経験を積み重ねていくこと。それが揺るがない自分をつくることにつながります。人間の基礎をつくる幼児期にはこの経験を丹念に、そして繰り返し積ませてやることが大切です」(天野園長)

なわとびがこの教育意図に適しているのは、目標が細かく設定しやすく、目標達成の喜びを体で感じることができるからだという。

冒頭のエピソードにあるように、風の谷幼稚園では「はやとび(一拍跳び)」や「あやとび」が跳べる子どもは珍しくない。そして、その目標を達成した子どもは先生に向かって質問する。

目標を自分で定め、その達成に向けて努力し、それをクリアするというプロセスを経ることを大切にしている。

「次は、どんなのがあるの?」

先生は答える。

「二重跳びっていうのがあるよ!」

すると、次の目標を定めた子どもは、その達成に向けて努力を始める。

「二重跳びが跳べるようになったのは、確か小学校・・・」と自分自身のことを思い出しながら、幼稚園で二重跳びに挑戦することには驚かされるが、「あやとび」が跳べる子どもにとっては「二重跳び」は手が届く目標なのだろう。

もちろん、二重跳びが跳べる子は一握りだが、子どもたちは各々が自分の手の届く目標を設定する。「はやあやとびを20回続けて跳ぶ」という子どももいれば「後ろはやあやとびを50回跳ぶ」という子どももいる。もちろんこの目標は各自各様であっていい。大切なのは目標の高さや結果ではなく、「自分で目標を決めて、それに立ち向かい、それをクリアする」という成功体験を積むことなのだ。

「なわとび」は段階的に目標設定をしやすい他に、体で達成の喜びを感じられることも大切なポイントだ。テレビゲームなどではこうはいかない。実は子どもたちはこのプロセスを通じて「学ぶということは、どういうことなのか」を体ごと学んでいるのである。人から与えられたテーマや目標に取り組むだけでなく、自分で目標を見つけ出すこと。そして、その目標を現実的なレベルに設定すること。「絶対にあきらめない」という強い心を軸に、知性を働かせ、アドバイスを受け入れながらその目標をクリアしていくこと。その達成の喜びを体ごと感じ取り、さらに高い目標を設定し、繰り返し繰り返し挑戦していくこと。まさに風の谷幼稚園の考える「学ぶ」ということはこういうことであり、そのプロセスを経て育つ強い心こそが、教育の成果として追求しているものなのである。

挑戦することは楽しいことだ!

そして、年長児の「なわとび」のもう1つの大切な教育意図は、「自分の限界に挑戦する」という経験を持たせることだ。

「例えば、年長児ではトラックをつかって『走りなわとび競争』をやります。このときに子どもたちは、どうやって走れば速く走れるのか、どうやってトラックを回れば速く走れるのか、などを考えさせるようにします。これで子どもたちは自分の限界に挑むのです。目標が手の届く範囲にあることは大切ですが、一方でその目標は現在の限界を超え、自分を一回り大きくしてくれるものであることも大切なのです」(天野園長)

こうして、自分で目標を設定し自分の限界に挑み続けるこの時期には、子どもたちの着実な成長が伝わってくるエピソードが多い。例えば、先生と親との間で交わす「れんらくちょう」には以下のような内容が記されている。

「今日、前かけ足が6回くらいだけど跳べたよ」とうれしそうに言っていました。「ねぇ、ねぇ、なわとびが跳べるようになってどんな気持ち?」と聞いたら「これ以上ないっていうくらい、うれしかった」と答えました。その答えを聞いて、玄貴の喜びがすごく伝わってきました。ふと思ったのです。すごく的確な表現だったなぁと。気持ちって抽象的で表現するのがとても難しいのですが、その表現方法が今回、すごく的確だったように思います。(親バカですが・・・)なわとびの方もそうですが、言葉で表現するという点においても成長したなぁと感心してしまいました。
風2組 「れんらくちょう」より

さらに、この家庭では、こんなエピソードもあった。父親が彼と弟のために2冊の本の買ってきたところ、案の定、わかりやすい本の取り合いになった。そこで、母親が

「できないことをやって、できるようになるとうれしいものなんだけどな」

と声をかけると、彼はその本から手を離し、

「お兄ちゃんはなわとびがなかなかできなかったけど、できてすごくうれしかった。だからこっちがいい!」

と言って、自らは難しい本をとり、弟にやさしい本を譲ったという。

大人たちがまず手本を示す

話は少々横道にそれるが、この密着レポート第1回「一人の女性が創った奇跡の幼稚園」で、風の谷幼稚園の設立の経緯を紹介した。天野園長は大人の都合がまかり通る現在の幼児教育に危機感を感じ、「論を発するだけでは何も変わらない。自分で理想の幼稚園を創る」と目標を設定し、行動し、実現した。

開墾を仕切る天野園長(中央)。彼女の思いや行動力が、周囲の共感を呼び、最善の幼児教育を実現していく。

この目標が「手の届く目標」かと言われれば、いささか無謀な気もするが、幼稚園を創るという目標は達成した。しかし、彼女の目標設定はこれにとどまらない。例えば「子どもたちのために自然の遊び場をつくる」という目標を設定し、休日返上で雑木林の開墾に挑んだ。その結果できたのが、子どもたちにとって最高の遊び場である「えのき広場」だ。

そして、常に最善の幼児教育を目指す姿勢は変わることなく、日々、大なり小なりの新たな目標を設定し、それをクリアしていくことを自らに課し、先生たちにも求めている。

「自ら目標を設定し、それをクリアしていく」という教育意図は、ただお題目を唱えるだけでなく、その内容を体現している先生たちが教えるからこそ、子どもに伝わるものもあるのだろう。そして、この挑戦を楽しむ心は、風の谷幼稚園の風土として根付いている。

「なわとび」の活動を通じて、その楽しさを知った子どもたち。この中から、将来どんなことに挑戦する人材が出てくるのか? 思わずそんなことを考えてしまう。しかし、

「子どものことをとやかく言う前に、まずは大人から」

あの風の谷からは、こんな声が聞こえてくるようだ。

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