15. 「なわとび」でプラス思考が育つ(なわとび・前編)

「先生。どうしてぼくは跳べないのか教えて」
これまでの活動の中で、“わからない” “できない” ときに、“どうしてなのか” “どこができないのか” と具体的に考える思考を育ててきただけに、この言葉を聞いてうれしく思いました。
「あのね、右の肩はいいんだけど、こっち(左)の肩がぐるぐる回ってないんだよ。こっちのひじを伸ばして大きく回すことを頑張りな」
コクンとうなずく慶士くんに、「慶士くん、どこを頑張るの?」と、確認の意味で聞いてみました。すると、「あのね、こっちのひじを伸ばして大きく回すこと」と、答えは返ってきます。わかってはいるけれど思うように動かないのが現状ですが、でも第一は自分の課題を言葉にすることだと考えています。
そして、自分の課題がわかった慶士くん。なわを床において左肩を回すなわとび体操をしたり、跳びながら左肩を見たりと何度も何度も跳び続け、なんと最後には『ゆうびん屋さん』(18回)も、この日1日できれいに跳べるようになったのでした。                    鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

なわとび活動を通じて、子どもたちはどんな一生の宝物を手に入れるのか。

年中児クラス・鳥組(以下本原稿内では鳥組)の11月、風の谷幼稚園では「なわとび」のカリキュラムが始まる。冒頭のエピソードからも伝わってくるように、子どもたちはうまく跳べるようになりたい一心で、ひたむきにこの活動に取り組んでいる。そして、このカリキュラムが終わるころ、ほぼ全員がケンパー組(この年、鳥1組ではひじを伸ばして肩から腕を回してきれいに『ゆうびん屋さん』が飛べたらケンパー組になれるとしていた)に昇進するのだが、「なわとびが跳べるようになる」ことはあくまでも結果に過ぎない。この跳べるようになるまでのプロセスにおいて、子どもたちは一生の宝物をたくさん手に入れることになる。では、その宝物とは何なのか? なわとびに秘められた教育意図とはどのようなものなのか? 風の谷教育の真骨頂ともいえる「なわとび」について2回にわたって詳細に紹介していこう。

負けることに意味がある!

「なわとび」のカリキュラムが始まるといっても、子どもたちにとびなわを与えて跳び方を教えて「さあ、やってみよう」というように事が進むわけではない。まず用意されているのが年長児クラス・風組(以下本原稿内では風組)との「かけっこ」だ。「かけっこ」といってもただ競走するのではない。風組の子どもたちは「走りなわとび」で競走に挑む。さて、結果はどうなるのか? 「走りなわとび」というハンディキャップにも関わらず、風組の子どもたちは鳥組の子どもたちを軽々と抜き去っていく。子どもの発育状況によって鳥組が勝つ年もあるが、まず風組が勝つことがほとんどだ。

「速いよ!」

「速すぎる・・・」

頭をかかえる鳥組の子どもたち。そして迎えた第2回戦。今度は風組も縄なしで走る。するとますます力の差は歴然。鳥組は意気消沈となる。

ここで天野園長が風組の子どもたちに「やっぱり鳥組はひとつチビだから、風組の方がとても速いね!」と敢えて小さな声で語りかけると、実はその語りに一番耳をとがらせるのは鳥組の子どもたち。悔しさでいっぱいの胸のうちは、聴覚を敏感にするようだ。

その後、園長が鳥組に向かって語りかける。「どう? 風組速かったでしょ!? みんなも風組になればこういう風に速く走れるよ!」という言葉には無言、無反応…。もちろん、これは結果やライバルに無関心なわけではない。その顔には「悔しくてたまらない」と書いてある。

そして今度は担任の出番だ。教室に戻ってお弁当の時間、「やっぱり風組って速いよね!」のひと言に、みんなが口々に答える。

「だって風組だもん!」

「鳥組より風組の方が速いに決まってるじゃん!」

空腹が満たされて少し元気にはなったものの、その顔に「悔しい」の文字は浮かんだまま。しかし、この日はそれでおしまいになる。鳥組の子どもたちはその悔しい思いを胸に、お母さんとともに幼稚園を後にする。帰りの道すがら、そして家に帰っての食卓で、いろいろな会話がなされることであろう。そんな経過をたどりながら、子どもたちは昼間の疲れで健やかな眠りにつく。

「やったぁー!」 「なわとびだ!」

さて、鳥組が実際に「なわとび」をスタートさせるのは、この悔しい思いをした日から1週間後である。「悔しい思いをしているときには何かをして元気づけてやるべきではないか?」「なわとびをしながら颯爽と駆けるお兄さん・お姉さんの姿が新鮮な時にこそカリキュラムをスタートさせれば張り切るのではないか?」素人はそう考えてしまいそうなものだが、それは違うのだ。

密着レポート第7回「失敗を諦めず悔しさを感じる子どもを育てる」でもご紹介したように、安易な慰めは子どもたちの成長意欲を摘み取ってしまう可能性が高い。いくら慰められても、歴然とした力の違いを一番感じているのは子ども自身である。ましてや、幼児期の1歳の差は身体能力の観点で考えればとてつもなく大きい。しかも、その差は自分の力でなんとかなるというものではなく、時を重ねて体が成長するのを待つしかない。「このもどかしい状況と正対してほしい」「この時間に『早く大きくなりたい』『カッコよくなわとびが跳べるようになりたい』という意欲が育ってほしい」。先生たちはこんな想いを胸に、この期間はあえて慰めることもしなければ、すぐにとびなわを与えることもない。時が熟するのを待つのである。

この周到な準備を経て、いよいよ「なわとび」のカリキュラムが始まる。再び学級通信を見てみよう。

運動会での風組の走りなわとびを見て、「すごいねぇ。かっこいいね」と言っていた子どもたち。中には、「いつになったらぼくたちもなわとびもらえるの?」と言う奎吾くんの姿もありました。
そしていよいよ今日、「運動会でのみんなの姿を見てて、先生はすごいなぁって思ったんだ。一人ひとりがケンパーやハードル(運動会に向けて、日々に取り入れている体育活動)での大事なことをちゃんと頭に入れて一生懸命やってたよね。そんなみんなだから、今日からなわとびをしようと思うんだ」

そう話すと、一瞬戸惑いながらも「やったぁー!」と喜ぶ子どもたち。そして、真っ白なとびなわの入ったカゴを見せると、それはそれは目を輝かせてうれしそうに笑う顔が並びました。
「じゃあ、これから1人ずつ渡していくね」
1人ずつ名前を呼ぶたび、「次は私?」とでも言うかのように、先生を見つめる子どもたち。名前を呼ばれると初めて手にするとびなわを両手で大事そうに受けとる子どもたちでした。
鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

先生に名前を呼ばれ、満面の笑みで「ありがとう!」とお礼を言ってとびなわを受け取る子どもたち。中には戸惑いを隠せない子どももいる。待ちに待ったその瞬間は、子どもたちだけでなく周囲の大人をも幸せな気持ちにさせてくれる。

なわとびを始められて嬉しい反面、戸惑う子どもも多い。だが、この壁が大きな意味をもつのだ。

しかし、それも束の間。本番はこれからだ。まず、初日はフロンターレ(密着レポート第8回参照)に行って、先生が「なわとび体操」(なわとびの動きを取り入れたオリジナルの体操)を行い、縄の持ち方、回し方を教える。そして、「さよなら あんころもち またきなこ♪」の歌に合わせて、まず4回続けて跳ぶことに挑戦する。

さすがに初日からできる子どもはいないが、縄が自分の足をくぐれば跳んだ気分になって大興奮。縄が自分の体に絡まろうが、隣の子どもの縄と絡まろうがお構いなし。がむしゃらに4回続けて跳ぼうとする子どもたち。その一方で、風組のカッコいいなわとびの姿と比べて、そのギャップに落ち込んだり、跳ぶことを拒否し始めたりする子どももいる。再び学級通信を見てみよう。

お弁当中、「早く食べてなわとびする」 「先生教えてね」と、やる気満々の子どもたち。お弁当後の中庭では、1日目にして「簡単じゃないんだね……」と涙を浮かべる慶士くんや、「やれば必ずできるようになる」という私の言葉に、「円ばんのときみたいに?」と答える翔太くんの姿。
ほかにも、汗をかきながら跳び続ける子、「やらない」と言う子、なわを持ちながらずっと立ってる子――と、さまざまです。
どの子も“跳べない”からのスタートなだけに、きっとこれからいろいろな葛藤があることでしょう。でも、その葛藤が多くあればあった分、学ぶことは大きいと思うのです。“どうすれば跳べるか” “どうして跳べないのか”、跳べるようになるまでの過程に重点をおいた取り組みにしたいので、家での練習はさせないでくださいね。                                      鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

ここでの反応は子どもの気性にもよるが、これはもちろん想定の範囲内。先生は子どもたちの様子を見守りながら、淡々と次の指導へと移っていく。それは「なわとび」のカリキュラムとは “跳べない” “できない”という壁にぶち当たってからスタートすることに意味があるからだ。

悔しい思いがプラス思考の源となる

では、なぜ“跳べない” “できない”という壁にぶち当たってからのスタートに意味があるのだろう? その大きな目的の1つは風の谷幼稚園の教育の柱でもある「問題は必ず解決できるという思考力」を育成することに深く関わっている。

「敢えて悔しい思いをさせることの意味は、『プラス思考』すなわち『問題にぶつかっても何とかなる』と思える思考の方向性を育てることです。できないことにぶつかりそれを超えた体験を積み重ねることが『プラス思考』を育てます」(天野園長)

逆に周囲が常に手を差し伸べ、すべてが順風満帆で過ごした人間が、ある程度成長して、問題にぶつかったときにはどうなるのだろう? しかも、成長してからぶつかる問題とは、幼児期にぶつかる問題よりはるかに困難であることが多いだろう。そして、そのときはまず間違いなくやってくる。それに立ち向かえる基盤をつくるのが幼児教育だ。

つまり、年齢や個人の成長段階に応じて、その個人にとって「難しいけど越えられる」と判断できる問題にぶち当たる機会を意図的につくりだし、「悔しい思いを体感する」→「どこがだめなのか、どうすればうまくいくのか、を分析する」→「行動によってその壁を越える」という経験を繰り返し積ませていくことこそが、幼児期の教育には欠かせないのである。

同じ教育意図をもったカリキュラムとして、密着レポート第12回では「紙工作(円盤づくり)」を紹介したが、実際に「なわとび」は「円盤づくり」に比べて、格段にハードルが高くなっている。それは、“どこがうまくいかなかったのか” “どうすればうまくいくのか”を考えたとしても、その問題を解決するには肩を回し、足腰を使ってジャンプし、縄を飛び越えるという高度な身体コントロールが必要になってくるからだ。

実はこの壁を乗り越えるときには、仲間の存在が大きな役割を果たすことになる。そして、問題解決力の他にも子どもたちは大切なことを学ぶことになる。学級通信で先生が親に対して「家で練習させないでください」とわざわざ念を押すのは、これを見据えてのことでもある。

では、子どもたちは仲間とともに「なわとび」を通じて何を学ぶのか? 次回はそれを見ていこう。

見学会予約・問い合わせ先
風の谷幼稚園 : 044-986-5515

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