14. 相手を深く知るためには?(大型どうぶつ作り・後編)

「ちょっとおさえてて」。
かなづちを持った眞由ちゃんが一声かけると、あかね・寛太・令華ちゃんは一斉にどうぶつをおさえ、「強く打っても平気だよ。動かないようにしておくからさ」と声をかけます。
2本のかなづちも、お互い自分が打ったあとはほかの仲間に渡しているので取り合いにもならず。
「4人で作るんだよ」とほかのグループに声をかける私に、「ぼくたちみたいにねっ!」と得意気に答えるこの4人です。                                              鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

これは前回ご紹介した「大型どうぶつ作り」のひとコマだ。4人が1グループになってどうぶつ作りに取り組みながら、このエピソードで示したように「みんなで同じ目標に向かって行動する」ということを実感し理解する。このプロセスで4歳の胸のうちは大きく揺れ動くのだが、今回そのドラマの詳細をご紹介していこう。

頭は4個もいらないよ!

仲間と協力して作業を行える、ベストなサイズの動物たち。

まず、ここでいう「大型どうぶつ」とは、高さ約50~60センチメートル、長さが70~80センチメートルの大きさを表している。つまり、年中児にとって「1人では手に負えないけど、仲間と一緒ならなんとかなりそう」な大きさだ。あまりに目標物が大きすぎると子どもたちのやる気が失せてしまうことに配慮してのサイズ設定だ。

そして、実制作の段階において、最初に子どもたちが行うのは「材料調達」だ。この「大型どうぶつ作り」に必要な材料は予め先生によって用意されている。ゾウ、きりん、しまうまなど、子どもたちがつくると決めた動物に必要な木片(頭、胴体、手、足など)を先生たちが切り出しておくのである。

先生が各動物に必要な木片を伝えた後に、「じゃあ、必要なものを揃えよう」の一声で、子どもたちは木片目指して走り寄る。このときには、すでに「4人で1個の動物をつくる」という目的はどこかに忘れ、自分1人でつくるために必要な木片をすべて集めようと一所懸命になる。

しかし、木片は4人で1個の動物をつくるために必要な分しか用意されていない(実際には少しだけ多めに準備されている)。そこで、あちらこちらから声が上がることになる。

「僕のゾウの頭がない!」

「私のきりんの足が足りないよ!」

ここで、子どもたちに「4人で1セットの木片があればいい」ということに気付いてもらわなければ先には進めない。「そこで先生の出番!」となりそうなものだが、実際は少々違っている。

「4人で1個のものをつくるんだから、頭は4個もいらないよ!」

「これじゃあ他のグループがつくれないじゃないか!」

と言って、余分な木片を返しに行く子どもが現れる。つまり「みんなでつくるということがどういうことか」を先生に教わらなくても直感的に理解しているのだ。(実際に、毎年3人から4人に1人の割合で、このような考え方のできる子どもが現れるという)

しかし、中にはリーダーが現れないグループもある。ここでようやく先生の出番となる。

「一緒につくるんだよね。1人で1個つくるってことじゃないよね。4人で1個つくるってことは、頭は何個あればいいのかな?」

こうして、先生に促されしぶしぶと自分が集めた木片を返して、準備は完了。ようやく骨組みをつくるための釘打ちに移る。ここでは前回紹介したように、かなづちは敢えて1グループ2個しか用意されていない。「私が打つ」「僕が打つ」という積極的な子どももいれば、「打ちたい」という気持ちを秘めながらも口に出せないで見ている子どももいる。また、かなづちを打つ順番でないときには持ち場を離れて遊びに行ってしまう子どももいて、まだ状況は混沌としている。(密着レポート第13回参照)

そこで、先生が「みんなの動物だからみんなでつくろうよ」「やりたいって気持ちを口に出して伝えられるといいんだけどな」と声をかけていく中で、子どもたちに大きな変化が現れはじめる。

自分のやるべき仕事を、各自が進んで見つけられるようになる。

まず、釘を打つことを経験した子どもは、自分1人で打ったのでは木片が動いてうまく釘が打てないことを知る。すると、他の子どもが釘を打っている間、木片を押さえて釘を打ちやすくしてやろうとする。さらに、かなづちの順番ではないときでも「何かやらなきゃ」という思いから、釘を打つ人に「釘を渡す」という仕事を自分で見つけ出し、実行する子どももいる。つまり、子どもたちは実際に手足を動かす中で、仕事の全体像を直感的に察知し、グループの中で「今、自分が何をすべきか」を考えて行動するようになっていくのである。こうして、1人の力では手に負えないサイズの動物の骨組みが出来上がり、肉付け(紙粘土付け)へと進んでいくことになる。

行動を共にしてこそ
本当のコミュニケーションができる

さて、この紙粘土を使って動物の肉付けをしていく過程では、過去にこんなエピソードがあった。

きりんを作っている紗耶・咲也香・颯・優空グループ。優空くんがお休みのため、3人で作業を進めます。
「先生、出来たぁ!」
うれしそうに私のところへ駆け寄ってくる紗耶・咲也香ちゃん。しかし、どうぶつの傍らには何かを言いたそうな颯くんの姿が。
「どれどれ? ……どうした? 颯くん」
すると一言。

「変!」
それに対し、「どこが? 何が?」と2人。
「顔の形。足も。耳も」
これまで、4人の中でも“こうしたい”と意見を言うこともなく、かなづちの順番も待つことが多かった颯くん。そんな颯くんからの意見だったので、さらに詳しくどこが変だと思うのかを聞き、「3人でどうするか考えて作り直してみたら? 颯くんも今みたいに仲間にどんどん言った方がいいよ。4人のどうぶつなんだから」と声をかけ、遠くから様子を見ることにしました。
しばらくすると、
紗耶:「ここなの!」
颯:「違う!」
と紗耶ちゃんと颯くんの言い合い。どうやら「ここだ!」と思う耳の位置がお互い違うようです。颯くんは、ほかにも背中に肉が付きすぎていることが気になるようで、「こんなに付いてないよ」と粘土をはがしはじめます。
そして次は足の形。ボテッとたくさん付いた肉を少しずつ取りながら、「ここは細いの」と形にしていく颯くん。その姿を見て、はじめは「なんではがすの~!?」と困り顔をしていた2人も、「颯くん上手だね。本物みたいだね」と認めていくように変化していきました。
そしていよいよ「先生ー! 颯くんも出来たって!!」との声が。「うわぁ、本物みたいだね。今にも走り出しそう! 仲間みんなで作るとこんなすごいのが出来るんだね!!」そう声をかけると満足そうにうなずく3人なのでした。                                   鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

密着レポート第11回第12回で紹介したように、すでにこの時点で子どもたちの中には「基準を持ち自分で判断する」という感覚が育てられている。そして、第13回でご紹介したように、この活動に先駆けて子どもたちは動物園見学に行き、自分なりの「動物の本当の姿」を基準として持っている。このエピソードは、颯くんが自分なりの基準に従って自分の意見を仲間にぶつけ、仲間たちは最初は戸惑いながらもそれを受け入れた、ということを示している。この建設的な意見のぶつかり合いと行動を経て、子どもたちは「みんなでひとつの目標を達成する」ということの大変さや素晴らしさを体で覚えていく。

実は風の谷幼稚園がこのカリキュラムで一番大切にしているのは、まさにこのプロセスを経験させることにある。

同じ目標に向かって行動を共にすることが、「心を通じ合わせること」につながると、風の谷幼稚園では考えている。

つまり、ある目標に向かって行動を共にする過程において、自分の思いを相手に伝え、相手をより深く理解し、関係を深めていけるような本当の意味での社会性を育てることが一番の教育意図だ。活動の成果としてすばらしい「大型どうぶつ」ができあがるのだが、極端な話をすれば、この成果は二の次である。

これは「人と心を通じ合わせることができれば人生は豊かになる」という風の谷幼稚園の価値観(密着レポート第6回参照)にもとづく教育の柱であり、「この実現に向けて大切なことは何か?」という問いに天野園長は迷うことなく「人間がわかりあえるというのは、結局は行動を共にすること」と答える。

同じ幼稚園で、同じ時間にお弁当を食べたり、同じ砂場で遊んだり、同じ場所に散歩にいったりしても、そこで生まれるのは緩やかな連帯感であり、これだけでは「人と心を通い合わせる力」は育たない。同じ目標に向かって行動を共にし、その過程で摩擦を味わいながらも、仲間と一緒に目標を達成したときにこそ「人と人との心がつながるとはどういうことなのか」を子どもたちが体感できると考えているのである。

「年中児の2学期からは“仲間と一緒”に行動をするということが、カリキュラムの中に入ってきます。ここで大切なことは“仲間と一緒”ということの意味をしっかり教えてやることです。幼児教育の世界では、集団活動とか共同的遊びといった言葉で表現されるのですが、ただ集まって同じことをするというだけでは“仲間と一緒”とは呼べません。むしろ子どもたちが極めて表面的な処世術だけを覚えておしまい、ということになりかねないのです」(天野園長)

“仲間と一緒”に行う活動とは、相手を深く知るための活動である。その本当の意味を体感するからこそ豊かな関係を築ける人間に育っていく。この揺るぎない信念のもとで、子どもたちの心は着実に成長を続けている。

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