4. 子どもの成長を促す服装とは?

風の谷幼稚園に行ってまず気がつくことがある。それは、子どもたちに制服がないことだ。着ている服はそれぞれだが、5分丈のズボンを履きシャツをズボンの中に入れている。髪の長い子どもは髪をまとめ、首筋に髪の毛がかからない格好で元気に走り回っている。これには何か意図があるのだろうか?

「衣服については、親のセンスや趣味もさまざまあると思いますが、子どもの健やかな成長のためには、この時期にどのような衣服がふさわしいのかを真剣に考える必要があります。幼児期においては『動きやすく身繕いをさせる』ということが一番大切だと考えています」(天野園長)

そして、その動きやすい身繕いを覚えた結果、子どもたちの中に大切な、そして未来に必ず活かされる力が育つと考えている。これが風の谷幼稚園の掲げる「衣服の自立」である。

動きやすい服装こそが
子どもに最適の服装である

では「衣服の自立」とは何か?

これについても、「食の自立」同様、多様な内容が組み込まれており、すべてを説明することは難しいが、その代表的なものを紹介してみよう。「衣服の自立」とは、以下のような状態が達成されていることを指している。

■衣服の着脱が自分でできるようになる(前後、左右、裏表を意識して)
■温度にあわせた着方ができるようになる(暑くなったら脱ぐ、寒くなったら着る)
■汚れの状態を判断して着替えができるようになる(このくらいなら着替えなくてもいい、叩けば汚れが落ちる、乾くからいい)
■見通しを持った衣服の選択ができるようになる(その日の活動によって適切な服を選べるようになる)
■自分の衣類を管理できるようになる(畳み方、重ね方、しまい方、汚れたものは持ち帰る・・・)・・・

これらのことを、子どもたちが確実に習得できるように日々のきめ細かい指導が行われている。

ちなみに、冒頭の制服がない理由を尋ねてみると以下のような答えが返ってきた。

「幼児期の子どもにとって制服は適切ではないという判断をしているのです。というのは、制服を着ていると温度状況に合わせて着脱をしようという意識が希薄になるし、『汚しちゃいけない』という意識が育ち、活動量が制限されやすいのです。幼児期は『動いて成長を促す』ことが大切なので、子どもたちには常に動きやすい服装をさせるということが基本になります」(天野園長)

では、動きやすい服装とは何か?

第一に挙げるのが体にフィットしていることだ。たとえばシャツをズボンの上に出して着るような着方は避けるように指導する。体にフィットしない服装は、服が何かにひっかかって動きを阻害されることがあるし、それが原因で怪我につながる危険性もあるからだ。

そして、風の谷幼稚園では5分丈のズボンを推奨している。普通の丈や7分丈では、ズボンがヒザにひっかかって動きにくい。また、短すぎる半ズボンでは、野山の散策など屋外活動で肌の保護などの面で支障が出る。動きを阻害せず、ハイソックスと組み合わせれば、どんな状況にでも対応できる5分丈が一番活動的な服装というわけだ。

また、普通の丈や7分丈の場合、ヒザにひっかかってズボンのウエスト位置が下がりやすい。この結果、シャツがズボンから出てしまいやすくなる。これはフィット感という観点からも問題があるし、その状態に慣れて「だらしない格好」が普通になってしまうことをも懸念しているのである。

衣服の指導を通じて
“感覚”を育てることが大切

「衣服の自立」は、「子どもたちの成長を促す動きやすい服装」をさせることだけが目的ではない。これは「当たり前のこと」であり、教育的観点から大切にしているのは、「子どもたちの感覚を育てる」ということだ。具体的には「暑い・寒い」「気持ちいい・気持ち悪い」を肌で感じられるようになること。これによって、子どもたちに「異常を察知できる力」を身につけさせていきたいという。

「これは服装に限ったことではありませんが、子どもたちに“気持ちいい”状態とはどんな状態かを体感させることが大切です。たとえば、風の谷幼稚園の教室はいつもピカピカにしてあります。5歳児の子どもたちには掃除をさせますが、子どもたちが帰った後に、先生たちがさらに念いりに掃除を行います。それは、『きれいな状態』の基準を示し、『汚い状態』を肌で分からせるためです。

『きれいな状態』にいれば、『汚い状態』を“気持ち悪い”と言う感覚で感知できるようになります。子どもの中にその基準をつくることが大事なのです」(天野園長)

そして、子どもの髪が額や首筋にいつもかかっている状態や、洋服の袖が長すぎて手の平や甲を覆ってしまうような状態については、特に注意をしているという。これが基準の状態となってしまうと、子どもたちの感覚の成長に悪影響が出ると考えるからだ。

具体的には、髪がいつも額や首筋にかかっている状態だと触覚が鈍くなり、汗が流れてもそれを“気持ち悪い”と感じなくなる。また、砂場遊びや水に触るときに多くの子どもは無意識に「腕まくり」をするが、いつも袖口が手のひらを覆っている服を着ている子どもは、そのまま手をつっこんで遊び、汚れていることを気にしない子どもになる。過去の経験的にこのように育つことが多いという。

「『衣服の自立』というのは、単に服を脱いだり着たりすることだけでなく、『寒い・暑い』『気持ちいい・気持ち悪い』が感じ取れる体と、それに対応できる力を育てることなのです。衣類のことを言い始めるときりがないのですが、昔はTPOを分かって行動できることを教えられてきました。今、もしかしたらこの言葉は死語になってしまっているのかもしれませんが、風の谷幼稚園では、子どもたちが見通しを持って衣服調節できる力を育てたいと考えています」(天野園長)

感覚は子どものころに大きく成長する。逆に、これが育たなければ、動きづらい状態を動きづらいとも感じず、不潔な状態を不潔とも感じない鈍感な子どもが育つ。その結果、衣服に限らず、日常のさまざまな問題を感知できず、それに対応できなくなる。子どもが将来、このような事態に陥らないよう、日々衣服の指導に情熱を注いでいるのである。

見通しを持ち、状況判断をする。
管理能力の育成も視野に

このほかに「衣服の自立」が意図しているのは、「見通しを持って生活できる力」と「状況判断力」を子どもたちに身に付けさせるということだ

「たとえば『明日は野原で遊ぶ』とか『明日は雨が降りそうだ』という情報を与えた時に、その情報に反応し適切な服装ができる状況判断力を持った子どもに育ってほしいのです。見通しを持って準備し行動できるようになれば、環境に合わせて衣服で自分の体を守ることができますし、余計なことで煩わされなくなります。その結果、その日の活動に集中できるようになります」(天野園長)

ちなみに風の谷幼稚園では、すべての園児が幼稚園に着替えを1セット置いている。その中身は子どもによってまちまちだが、上下の着替え・下着・ソックスが基本セットだ。そして、この着替えを行うタイミングは、基本的に子どもたち自身の判断に委ねられている。

「寒くなってきたから、カゼを引かないように1枚着よう」

「このくらいの汚れなら叩けば落ちる。だから着替えなくても大丈夫」

 「今日は汚れちゃったから持って帰って洗濯してもらおう」

実際に4歳から5歳にもなると、風の谷の子どもたちはこのような判断を自分で行っているのである。

さらに、「衣服の自立」を通じて、子どもたちの「管理能力」を育てることも目標だ。

「まず、衣服の畳み方。子どもたちは、このような技術の獲得には高い興味を示します。そして『自分でできた』という喜びを味わいながら、この技術を自分のものにしていきます」(天野園長)

次に、しまうときに所定の場所を決めるように指導する。さらに、「見通し」を持って、「どのようにしまっておけば、次回、必要な物が取り出しやすいか?」を考えるよう指導をする。これが当たり前の習慣として身についていくことで、物を無くしたり、必要な物を探すのに時間を使うといった無駄がなくなっていく。

感覚の成長、見通し、状況判断、管理能力…。今回紹介したのは、「衣服の自立」の一部にすぎないが、「これらが幼児期に習慣化されていれば…」と今思う大人は筆者だけではないだろう。

次回は生活力の最後の項目である「排泄の自立」について紹介していこう。

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