3. 幼児期の食生活と大人の責任

設立当初700坪だった風の谷幼稚園の敷地面積は現在4000坪にも及ぶ。これは校舎建設時の借金を返済しながらも、園長が「10年間無給」を貫き、寄付や父母の協力によって毎年開催されるバザー(前年度のバザーの売上は1日でなんと280万円!)で貯めた資金で、周辺の土地を買い増していった結果である。

父兄の協力によって開催されるバザー。昨年度の1日の売り上げは280万!これが自然豊かな幼稚園を創る。

「子どもたちに自然を残してあげたい」という想いが結晶したこの土地内には230坪の果樹園がある。そこで子どもたちは成熟したブルーベリーなどの実をもいで食べる。また、その果実からジャムをつくるなど、とにかく子どもたちの食欲、そして食に関する興味は旺盛だ。

また、近隣農家の協力を得て、筍堀りや芋掘りなどの行事も実に豊富である。自分で採った筍や芋は自分で背負って幼稚園まで持ち帰るのがルールだ。中には6キロを超える芋を背負って1.5キロの道のりを歩く4歳児もいる。あまりの重さに途中で泣き出してしまう子もいるが、仲間や先生に励まされながらやり遂げる姿には思わず胸が熱くなる。そして、みんなで料理を楽しみ、おいしくいただく。風の谷の子どもたちはこの上なく恵まれた環境の中で、食を通じて「心」と「体」が日々成長しているのである。

そして、これら一連の活動の根幹になっているのは、風の谷幼稚園が幼児期に必要な力の一つに掲げる「食の自立」という考え方だ。

人間的な豊かさを体感できる食生活
これをつくるのは大人の責任

では、風の谷幼稚園において「食の自立」とは何を意味するのだろう? 「食の自立」とは、具体的には以下のようなことが達成された状態をいう。

■食べることへの興味・関心を高める
■味覚を豊かにする
■食べるための道具、調理するための道具を使いこなす
■食事の用意、後片付けができる
■「食事」と「おやつ」の違いがわかるようになる
■規則正しい食事習慣を身につける
■食べる作法を身につける…

日々の活動の中で、状況に応じてきめ細かく指導される「食の自立」の中身をすべて言い表すことは難しいが、あえて列挙するならこのようになるだろう。「食べることとは“いのち”の再生産を行うことであり、生きる力の基本である」という考え方に基づいて「食の自立」を促す。そして、「食の自立」を達成することが、自分の“いのち”を自分で支えていけるという自信、すなわち誇りに繋がっていくと考えているのである。

また、食事を「“いのち”を維持する営み」と捉えるだけでなく、「人間としての文化的な営み」として捉え、その意味を子どもたちが体感できるような生活作りを重視している。

「人間の食事は、動物のエサとは違って、単に空腹を満たせばよいのでなく、生理的な満足感にとどまらない心の充足感を伴う文化的な営みなのです。一緒に食事を作ったり、一緒に食べておいしいという感動を共有し合ったりする中で、人と人とのつながりが育まれていきます。家族が一緒に食事をすることも難しい現代の状況はありますが、少なくとも発達の途上にある子どもたちには、人間的な豊かさを体感できるような食生活を作ってあげる。これが大人の責任ではないでしょうか」(天野園長)

好き嫌いも多い幼児期
食への関心はどう育てるのか?

「では、どうすればそのような食生活がつくれるのか?」という質問に対しては、意外な答えが返ってきた。

「まず基本中の基本は、子どもたちにお腹がすく生活をさせることです」(天野園長)

話は横道にそれるが、風の谷幼稚園には、教育を実践していく上での4つの柱とも呼べる方針がある。それは

1)体ごと遊ぶ
2)手を使う
3)いっぱい歩く
4)親も一緒に

というものだ。この1)~3)の方針にのっとり、この幼稚園の子どもたちは本当によく動く。週の3~4日は遠足や散策に出かけ、自然の中で泥まみれになって鬼ごっこ。そして、木工の時間には自分でのこぎりを引いて釘を打つ大工仕事、さらには農作業に採取活動と、休む暇もないほど思い切り体を動かす。確かにこれだけ体を動かせば、お腹はペコペコになるだろう。まず、ここで「食の自立」への基礎は出来上がる。

食を通じて発見の毎日
イナゴや芋がらもおいしく食べる

そして、幼稚園での日常生活の様々な場面で、食への興味・関心を高めるための指導が行われる。

たとえば、園児を引率して野山を散策する時。先生が“木苺”や“のびる”などを見つけては、子どもたちに「これは食べられるのかな?」「こうすれば食べられるよ」と声をかける。すると、子どもたちは「これは食べられるかどうか」という興味のフィルターを持って野山を歩くようになる。すると“ただの散歩”が「食べられるもの探し」の冒険へと変わっていく。

また、風の谷幼稚園ではトマト、なす、きゅうりなどを子どもたちに栽培させている。その栽培した作物、たとえばトマトは、そのままかじって食べたり、サラダで食べたり、なすとベーコンと重ね焼きにして食べたり…と、同じ食材でも、できるだけ多くの方法で食べてみる。これによって、子どもたちの食に対する関心を高めるとともに、先生と子ども、そして子ども同士の話題も作られる。

さらに、イナゴや芋がらなども食べる。これは“意外なもの”を食べることで、食に対する関心を高めていこうという狙いだ。

「好き嫌い」という発想はない
食べられるものを増やすことが大切

では、このような指導に子どもたちはどのような反応を示すのだろう? たとえば、子どもには好き嫌いがあることが多い。子どもたちはすべての食べ物を受け入れるのだろうか? また、「嫌いだ」という子どもにはどのように対処しているのだろうか?

「そもそも、『好き嫌い』っていう発想を風の谷幼稚園ではしていないので、それを直そうという発想がありません。あくまでも、『食べられるものを増やしてあげること』と、『おいしいね』って共感する機会を増やしてあげることが第一ですから」(天野園長)

風の谷幼稚園では、無理強いして食べさせたり、細かく刻んで子どもが気付かないようにして食べさせる、といったことは一切しない。その代わり、「嫌いだ」といっている子どもに先生が「でも、においだけでもかいでごらんよ」とか「ちょっとだけでも舐めてごらんよ」と声をかける。すると、その子どもはにおいをかいでみたり、舐めてみたりする。そこで「ほら、いいにおいだったでしょ?」とか「舐められてよかったね」と先生が声をかけて周りが喜んでやる。すると、本人も周りが喜んでくれることでいい気分になる。この一連のプロセスが、子どもの「受け入れる心」を育てることにつながっていくという。

「極端な話をすれば、アレルギーなどは別として食べ物の好き嫌いが原因で“いのち”を落とすということは常識的に考えればありません。もしも、ある食べ物が嫌いだったら、別の食べ物で必要な栄養素を摂ればいい。むしろ教育的に大切だと思うのは、この食事の機会を『受け入れる心』を育てる機会にしてゆくということです」(天野園長)

食という行為を通じて、“いのち”を維持し、好奇心を高め、味覚を育て、「自分のことは自分でできる」という自信をつけ、他人と感動を共有する機会を得る。さらには「受け入れる心」を育んでいく。

ライフスタイルの変化に沿って、食事がエサ化しつつあるという疑念を感じる現代。手軽さや便利さと引き換えに失われるものを見つめ、それが子どもにとってどういう影響を及ぼすかを考え抜く。これは食に限った話ではないのだが、風の谷幼稚園では12年間、そして毎日、このような思考が続けられているのである。

次回は、生活力の2つめの項目である「衣服の自立」について見てゆこう。

見学会予約・問い合わせ先
風の谷幼稚園
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