12.5. 年末年始は家庭で心を育てる

本連載「風の谷幼稚園 3歳から心を育てる」では、大人の身勝手さがまかり通る幼児教育に疑問を抱いた一人の女性・天野優子氏が、ゼロから創りあげた「風の谷幼稚園」で、子どもたちとどのように接し、それによって子どもたちがどのように成長していくのか、密着レポートをお届けしている。今回は、年末年始の特別企画として、著者である野村滋氏が、天野園長にインタビューを敢行。この時期だからこそ家庭で行ってほしい子どもへの教育などについて尋ねた。

野村(以下――印) 年末は大掃除やお正月の準備などあると思いますが、親は子どもとどんな風に過ごせば良いでしょう?

園長・天野優子氏

天野園長: 年末年始は、親も仕事が休みで、家族が揃ってゆっくりできる、おそらく年に1回ぐらいしかないと思われる貴重な時間です。日頃経験できないようなことにも挑戦し、新鮮な気持ちで新年を迎えられるようにしてあげてほしいと思います。

―― では、具体的に「お手伝い」の話から。年末といえば大掃除ですが、子どものお手伝いはどんなものが考えられますか?

大掃除が必要ない現代?

天野園長: 大掃除に関しては、私の時代は天井の煤払いから畳叩き、障子の張替えなどが中心でしたが、今多くの家庭は洋風のインテリアが中心で、そんなことを行う必要はないでしょう。さらに、日常的にきちんと整理整頓されていれば、大掃除自体が必要ない場合もあるかもしれません。昔は人間の手できれいにしなければならないところがたくさんあったので、いやがおうでも子どもの手が必要となりますから、家族総出で家の仕事をしたものです。しかし、現代ではそのような状況はないですよね。

いつも密着レポートをお届けしている、野村滋氏。開園当初から幼稚園の変遷を追い続け、今では幼稚園の先生と同じぐらい天野園長の教育理念を理解していると言われるほどに。

―― そうすると、子どもが大掃除を手伝う必要がなくなってしまうということでしょうか?

天野園長: そうですね。子どもたちの、「自分は家族の一員である」という意識が希薄になってしまうかもしれません。家族みんなできれいにしようという目標をもって働き、子どもなりに「自分もみんなの役に立っている」「親に喜んでもらった」ということを実感するのは、家族の一員としての誇りにもつながるのですが。

―― 天野園長は、密着レポート(6)「優しい子が育つお風呂と洗濯袋」の中でも、子どもが衣服を畳んで洗濯袋に入れ、親がそれに対して「こうしてもらえると洗いやすい」という感謝の気持ちを伝えるように指導していると話してくれました。そうすると、年末年始もそのような機会を意図的に設ける必要がありますね。

天野園長: その通りです。親が意識をしてそのような機会を作らないと、家族が揃って一緒に何かできる貴重な機会を逃してしまうことになります。非常にもったいないことです。家族のつながりというか、人のつながりというのは、「一緒に時間を過ごした」というだけでは深まりません。つまり、「旅行に行った」「美味しいものを食べた」というレベルではなく、目標をもって「働いた」「仕事をした」ということが大事なのです。ですから、子どもに手伝いをさせる際に気をつけてほしいのは、ただ単にものを運ぶといったようなことではなく、「あなたがこうしてくれたから、お母さんはこんなに助かった」と思える内容が良いでしょう。子どもが手を出すことで、邪魔になってしまうこともあるかもしれませんが、「大人と一緒に仕事をした」「大人の役に立った」という気持ちを大事にしてあげてほしいと思います。また、仕事の仕方なども丁寧に教えてあげられる良いチャンスでもあります。

―― 子どもの手を借りなくても年を越せてしまう状況の中で、そのような「仕事の仕方」を学ぶためには、どんな掃除を手伝ってもらったら良いでしょう?

天野園長: 小さな子でも無理なくできる、拭き掃除が良いと思います。幼稚園でも子どもたちにやらせていますが、雑巾の絞り方をはじめ、どのような順で取り組めば隅から隅まできれいになるか考える必要がありますので、効率よく働く仕事に取り組む方法を学べます。一軒家ですとガラス拭きは定番ですし、マンションでも廊下なら拭けますよね。

―― 大掃除以外では、おせち料理やお雑煮の準備なども大変ですよね。子どもの手を借りたいところでしょうか?

レシピ本の功罪

天野園長: やはり現代ではそんなこともないでしょう。おせち料理は保存食であり、お正月時期に料理を作らず、のんびり休めるように作り置きしておくというのが本来の目的でしたが、今では外食があります。温かいものが簡単に食べられるので、わざわざおせちを作る家庭も減っていると思います。しかし、季節の変わり目を感じたり、その時期特有の行事を楽しむという点では、やはりおせちもお雑煮も、「家庭の味」として子どもたちに残してやりたいし、料理の手伝いをさせながら「食べることへの関心」を高めてやってほしいです。

―― 天野園長は、前々からレシピ本頼りの世の中を不安に思い、「レシピ本の功罪」として、教育講演という形で親御さんたちに訴えていますよね。

天野園長: 幼稚園ではお母さんたちを対象に料理教室を開いていますが、多くの人が、調味料の分量をきっちり確認しようとします。私は「適当に入れて自分の舌で確かめなさい!」と怒るのですが(笑)。でも、レシピ本に頼っていると、記載してある材料がなければ作れないと思い込んでしまったり、書いてある方法以外は挑戦しなくなってしまったりと、「応用力」が育ちません。私は、子どもが自立する上で、「調理ができるようになること」は非常に大切と考えていますので、子どもたちにはそのようになってほしくありません。だから、普段から親は「家庭の味」を大事にし、自分で考えながら料理をしてほしいと思います。

―― 天野園長がいつも仰るように、何でも手に入る豊かな時代だからこそ、忘れてはいけないものがたくさんある気がします。年末年始はそれを考える良い時期かもしれないですね。あと、年賀状についてはどうでしょう。幼稚園児ぐらいの年齢ですと、あまり関係ないかもしれませんが・・・

天野園長: そうですね。やっと字が書けるようになって、自分の名前だけ書いてみるといった程度でしょうか。よく言われることかもしれませんが、年賀状自体は、人と人との「体温のあるやりとり」ですので、個人的には大事にしていきたいと考えています。もちろん手間暇かかることですが、CMでも言っているように「(年賀状は)大変だから大事なんだ」というのは、納得です。私は卒業生からもらうことが圧倒的に多いのですが、やはり一人ひとりの宛名を書きながら、その子の幼稚園時代を思い出しつつ、もらった年賀状を見て、その後の成長を垣間見たりできますので、非常に嬉しいものです。

―― 天野先生は毎年300枚以上もの年賀状を書いていますよね。私なんかは「宛名も印刷してしまえば良いのに」と思ったこともありましたが、そういった思いを抱きながら書かれていたのですね。それにしても、天野先生がどれだけ子どもたちから慕われているかよく覗えます。

複雑な思いと年賀状

天野園長: でも、単純に喜べるというわけでもないんですよ。誤解はしてほしくないのですが、幼稚園を卒業しても、毎年毎年、年賀状を送ってくれるのはもちろん本当に嬉しいことです。しかし、同時に、「この子は新しい環境で、新たな交友関係を築けているかな」と、ふと心配に思うこともあります。大げさに聞こえるかもしれませんが、年賀状に限らず、卒業後に何度も幼稚園に遊びに来てくれる子がいると、嬉しい反面、そのような気持ちを抱くこともあります。中には実際に、「小学校が面白くない」と悲しいことを言う子もいますので。

―― それだけ幼稚園が楽しかった、思い出深かったという単純な喜びにはならないのですね。

天野園長 :今が充実していれば、過去は振り返らなくても良いという考え方もできますからね。相反する気持ちではありますが、子どもの成長をずっと見ていきたいという思いと、いつまでも幼稚園時代のことなんか思い出していないで、前を向いて生きていきなさい!という思いがあります。

―― 天野先生にとっては複雑な気持ちで書く年賀状なのですね。さて、お正月本番と言えば、子どもにとっての一大イベントはやはり「お年玉」ですね。

天野園長: お年玉については、やはり子どもはもらえば嬉しいものなので、あげて良いと思います。幼児期の子どもは、基本的には金額よりももらえた袋の枚数や、中身が重い方が嬉しいと感じるものなので、500円分を100円玉で渡すといったように、お年玉をもらうという「行為」自体に重点を置くことがポイントかもしれません。幼稚園でも、中には「今年のお年玉は15万円もらえた!」などと言う子もたまにいますが、小さい頃からお金に執着する子になってしまわないように親は気をつけてあげたいものです。

子どもが大金を手にした時は…?

―― そんな小さい頃から大金をもらっていては、お金に対する価値観がおかしくなってしまいそうです。親が気を付けていても、おじいちゃん・おばあちゃん、親戚のおじさん・おばさんがめいっぱい渡してしまったらどうしましょう?

天野園長: その時は、親がきちんと子どもに説明をした上で、とっておいてあげるのが良いでしょう。以前生徒の中で、「お母さんにお年玉を使われた」と言っている子がいました。もちろん「子どもがもらっている分、親はあげているのだから」という考え自体は間違ってはいませんが、「あなたのためにきちんと貯金して、必要な時に使うからね」としっかり説明して親が保管しておけば、小さな子どもでも納得できるはずです。

―― どんなに小さな子どもでも、親が勝手に使ってしまうというのは良くないことですね。小さな頃から大金を手にしたり、親の勝手な行動を目の当たりにすることで、心が貧しい子どもになってしまう気がします。

親子の絆を深めるお正月遊び

天野園長: そうかもしれません。話は少し戻るのですが、そもそも、今は親戚で集まること自体減っているかもしれませんね。幼稚園の子どもたちの声を聞いていると、年末年始は家族で旅行に出掛けるという話が非常に多い。先ほどもお話ししましたが、旅先で観光したり、おいしいものを食べたり・・・ということは悪いわけではありませんが、もっと幼児期に大切なことは、「遊びを通じて、子どもと親がどれだけ楽しい時間を共有したか」ということです。これが、親子の絆を深めることにつながります。

―― 具体的に、お正月に親子で取り組めるおススメの遊びは何でしょう?

天野園長: やはり、昔からある、伝統的なお正月ならではの遊びです。カルタ、トランプ、福笑い、すごろく、絵合わせ、坊主めくりなど、家族みんなで額をつきあわせてできるような遊びですね。幼稚園でも、年明けに「あそびの部屋」というものを開催して、お正月遊びや伝承遊びを、学級を越えて行います。それに備えて、冬休み中に、家庭でたくさん遊んでもらうように親にも伝えています。

―― 親が遊びを知らない場合もありますか?

「犬も歩けば棒にあたる」でおなじみの「いろはカルタ」(「ことわざカルタ」)

天野園長: そうなんです。だから、幼稚園では「あそびの講習会」を開き、先ほどの伝統的な遊びを親に教えることもしています。例えば、先ほどカルタと言いましたが、キャラクターものではなく、「犬棒カルタ」がお勧めです。いわゆる「いろはカルタ」で、「い」は「犬も歩けば棒に当たる」と言えば分かりますよね。これを実際に講習会でやってみると、言葉の意味を知らない親がたくさんいるのです。昔は、遊びに取り組む中で、ことわざのような生活に必要な知恵を自然と身に付けていくということができたのですが、すでに親たちの世代からそのような機会も少なくなっているのでしょう。ちなみに「絵合わせ」は知っていますか?

絵合わせの一種「動物合わせ」。3枚のカードを集めて、動物を完成させていく。

―― やったことありません。どんな遊びですか?

天野園長: 一例としては、「動物合わせ」といって、3枚1セットで動物の絵が描いてあるカードをトランプの要領で引いていくというものですが、これも非常に良い遊び道具なんですよ。動物の姿形を覚えられることはもちろん、カードを引く際に「象の胴体をください」と言うような、自分の集めたい動物のカードを伝えるやり取りをするので、それを重ねていくうちに、相手が何を集めているか考え、「推測」する力が付きます。

―― そのような偶然性によって成り立つ遊びであれば、幼児期の子どもでも大人と対等に楽しく遊べますね。最近は子ども同士で遊んでいても、一人ひとりゲーム機器を持参して、みんなで一緒にいるにも関わらず、それぞれがピコピコと操作しているだけという光景も珍しくないようです。

天野園長: 昔の遊びは、今のゲームと違い、時間をゆっくりとった形でできるものだと思います。カードを選ぶ相手を待つということは、年賀状同様、「体温」のあるやりとりです。そのような、人と人との「泥臭い」とも言えるコミュニケーションが、人間が育つ時には大切なのではないでしょうか。年末年始は、家族みんなで「豊かな」時間を作ることを大事にしてください。

―― 貴重なお話をありがとうございました。

天野園長: ありがとうございました。

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