13. 4歳は「個」からの卒業 (大型どうぶつ作り・前編)

3年間の幼稚園生活の中間点に当たるのが年中児の第2学期だ。この時期は風の谷幼稚園の教育活動に新たな、そして大切な目標が加わる時期でもある。その目標とは「仲間と一緒に物事に取り組み、力を合わせてそれを成し遂げる」という経験を通じて、子どもたちの心を育てていくことである。

では心を育てるとはどういうことなのか。さっそく第2学期の最初のカリキュラムである「大型どうぶつ作り」を記した学級通信を見てみよう。

骨組み、シュロなわ付けともに、4人グループでつかえるかなづちは2本だけ。“いっしょにつくる”ということを体を通してわからせたいからです。なので、最初に出てくるのは“誰がかなづちで打つのか”という問題。
その問題でケンカになり、なかなか作り始められなかったのは翔太・美茉莉・遥菜・瑞稀グループ。
「ちょっと貸してよ!」「私も打ちたい!」
他のグループの子たちはくぎを打ち始める中、言い合いが続きます。するとかなづちが持てなかった翔太くん、急に立ち上がりどこかへ…。残った3人が打ち始めます。
確かに3人いれば、作業を進める上で困ることはありません。そのため、どんどんくぎを打ち続けていってしまう3人。
そこで「あれ? ここは3人でつくっているの? 4人のどうぶつなのにねえ」と一声かけると、先生の存在に気がついた翔太くんがすぐに駆け戻ってきて、「そうなの! やらせてくれないの!」と。
それに対して「違うでしょ! いなくなっちゃうんだもん!」「そうだよ! 順番って言ったのにさあ」と3人が応戦します。
「みんなそう思うんだったら、その気持ちを仲間にいわなきゃ。『やらせてよ』っていったり『4人のどうぶつなんだからいなくならないで』って言ったりできるといいんだけどな」
そう声をかけ、すぐさまその場から離れて様子を見ていると……
「みんなのどうぶつだからみんなでやろうよ」という遥菜ちゃんのひと言で、ようやく4人でつくり始めたのでした。                               鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

「個人」での作業によって様々な力を身に付け、4歳児の2学期からは「みんなでいっしょに作る」ことを学んでゆく。

幼稚園に入園してさまざまな活動を経験し、驚くほどのスピードで成長していく子どもたち。だが、実は仲間との共同作業を経験するのは「大型どうぶつ作り」が初めてだ。今までご紹介してきた年少児クラス、年中児クラスの第1学期の積み重ねがあったとしても、初めての共同作業が一筋縄ではいかない様子がお分かりいただけると思う。

さて、この先どうなっていくのか? 今回から2週にわたって、「大型どうぶつ作り」に込められた奥深い教育意図と子どもたちの成長の様子をご紹介していこう。

しまうま? きりん?
仲間を説得できるかな?

まずはこの活動に向けて子どもたちの意識を高めることから第2学期は始まる。それが9月早々に行われるグループの名前決めだ。それまでは赤・黄・青・緑と色で分けられていたグループ名を、別の呼び方に変えることになっている。そして、その名前の付け方は子どもたちが話し合いで決めるのである。ここで先生が動物の名前をグループ名にすることを提案すると、子どもたちは喜んで賛成する。しかし、ここからが子どもたちにとっては未体験ゾーン。話し合いで合意を形成していくプロセスがなかなか難しい。

先生の「仲間とグループ名を決めてね。決まったら教えてね」の一声で話し合いを始める子どもたち。それを見守っていると、毎年必ずこんなやりとりがあるという。

子ども:「先生、決まった!」

先生 :「仲間もいいよって言った?」

子ども:「あっ、まだだった…」

こうしたやりとりを通じて、子どもたちは自分の意思を決めるということと、仲間の合意をとりつけるということのギャップを埋めていく。そして、ある名前に思い入れを持った子どもは、別の意見をもった仲間を説得し始める。

「しまうまがいいよ。だって、しまうまはしましまなんだよ!」

「図鑑にもいっぱい載ってるんだよ!」

傍で聞いている先生は、必死で笑いをこらえながら子どもたちの「口説き」を見守っている。そして紆余曲折を経ながら、なんとか合意が形成されていく。(ちなみに、このケースでは「しまうまって歌にも出てくるんだよ!」が殺し文句となった)

子どもの感性を高めるために
大人ができること

次に用意されているのが動物園見学だ。今までも再三ご紹介してきたように、風の谷幼稚園では「現実感」を大切にする。動物をテレビで観てもインターネットで調べても、そこで得られるバーチャルな情報だけでは十分に心を動かせない。つまり感動できる心や好奇心を育てるには、現物に触れる機会を創り出すことが欠かせないのである。

また、動物園に行く前日、子どもに動物の絵を描かせるのも大切な過程だ。たとえば、大人でもしまうまの絵をちゃんと描ける人は少ないだろう。ましてや4歳の子どもたちにとっては「?」の連続。なかなかうまく描けない。しかし、プロセスを経ることで、子どもたちには「見る視点」がつくられる。つまり、「ここはどうなっているんだろう?」「こうなっているんじゃないだろうか?」と興味のポイントが絞られてくる。

このような状態で動物園に向かうことが重要なのだ。移動のバスの中で想像力をフル稼働させ、現物との出会いに感動し、新しい発見に胸を躍らせるためのお膳立てなのである。

「たてがみもしっぽもしましまだ~」

「でもお腹は白だね」

「おしりのところは縦じまじゃない」 …

「象はグレー? 茶色?」 あらかじめ疑問を投げかけておくことで、動物園で子どもたちが動物を見る「視点」が定まる。

この細やかで正確な観察には大人も脱帽だが、この子どもたちの鋭い感性は先天的なものではなく、やはり教育の力だろうと思う。

そして、「どうぶつ」に対する興味が最高潮に高まったところで、いよいよ4人ひと組になっての「大型どうぶつ作り」が始まる。しかし、初めての共同作業に取り組む子どもたちにとっては難関だらけだ。いや、敢えて教育的見地から難関が用意されていると言う方が正確だろう。

まず、冒頭で示したように、あえて道具は人数分用意しない。子どもたちはこの現実を理解するのが一苦労だ。

「ぼくのがない」

「わたしの分が足りない」…

事前に4人グループで動物をつくるということを知らされていても、いざ作り始めると“みんなでつくる”ということが十分理解できてないのである。この時点では、まだ個人のことで精いっぱい。共同作業ということにまで思いが及ばない。

ここで先生の出番となる。先生から道具をグループ内で使いまわすよう教わりながら、子どもたちは秩序やルールという概念を体験的に獲得していく。そして、道具を使って作業をする人になったり、道具を使う人を支える人になったりと、立場や気分の切り替えをも体感していく。

「この『大型どうぶつ作り』では、仲間の中で、仲間と支え合いながらどうやって1つのものを作り上げていくのかを大事にしています。この活動は相手の気持ちを考えて、その気持ちに寄り添える、そんな関係づくりができる人間に育てるため第一歩であり、今後のカリキュラムの基礎にもなっていくものです」(天野園長)

風の谷幼稚園のキーワードのひとつに“仲間”が挙げられる。“仲間”の存在こそが優しくしなやかで強い心を育てるとの信念があるからこそのキーワードである。次回は、この「大型どうぶつ作り」を通じた“仲間たち”の成長ドラマを詳細にご紹介していこう。

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