27. 子どもたちが体感する2つの「つながり」 (電車ごっこ・後編)

子どもたちは、「信号係、(電車が)つまってきているから赤にして」と声をかけあったり、「おい、もう駅員がいいって言ってるから“出発進行!”って言って」と運転手が車掌に声をかけています。まだ、それぞれの役割がはっきりとわからず、お互いの関連性も“なんとなく”の状態です。しかし、駅見学に行って現実を確かめた後は、その辺りの関連性をはっきりさせ、お互いの動きを意識しながら動いていけるようにしたいと思っています。
これが実は、簡単そうでとても難しく、そして電車ごっこの中で最も大事にしていることでもあります。
自分勝手にやっているだけでは上手くいかない、自分の役割をしっかりと果たしながら、全体を見て、仲間の動きと関連を持って動くことで、より面白くなるんだ、ということを実感していってくれたら、と思っています。                                 風2組 学級通信「麦」より

今回も前回に引き続き「電車ごっこ」に秘められた教育意図をご紹介していこう。これは冒頭の学級通信からも読み取っていただけるように、「人と人とのつながり」を感じられる人間を育てることだ。しかし、「人と人のつながり」とひと言でいっても、風の谷幼稚園がその言葉で表現しようとしている概念は、実に幅広くて奥深い。まずはその内容の説明から始めよう。

「心が通い合う」ってどういうこと?

駅員、車掌、信号係・・・ 一人ひとりが自分の役割を果たし、他者との「つながり」を実感してゆく

「人と人がつながる」という言葉の意味は、「ある人の存在が別の人に影響を及ぼすこと」と言い表すことができるだろう。そして、その「つながり」とは、「物的なつながり」と「心のつながり」に分けることができるのではないだろうか。

「物的なつながり」とは、自分の行為が形となって他人に影響を及ぼすことだ。例えば、自分が腹を立てて人を叩けば、当然相手は痛い思いをする。あるいは、自分が共有物を壊せば、他の人が使えなくなって困る。あるいは、前回ご紹介したように、先生や父兄が週末に雑木林を開墾して自然の遊び場をつくれば、子どもたちはこの場所で気持ちよく伸び伸びと遊ぶことができる。このようなわかりやすい「つながり」だ。

一方、「心のつながり」とは「心と心の通い合い」、つまり自分の心と他人の心が共感・共鳴していることを感じとれる感覚・感性だ。これは形となって表れにくいものだが、確かに存在しているだろう。そして、この感覚・感性があるからこそ、心の通い合う仲間をつくることができるのだ。

「自分の思いが人に伝わったり、人の思いに触れたりするときに、『通じ合えた』という実感が持てること。こんな感性をもった子どもを育てたいと思っています。そして、『人と人との心の通い合い』を大切にする価値観を持った人間に成長していってほしいと思うのです」(天野園長)

風の谷幼稚園が子どもたちに教えようとしているのは、実はこの両方の「つながり」なのである。

大人たちの導きがあって
子どもの心は育つ

では、「電車ごっこ」で、本当にそれが学べるのだろうか。答えはもちろん「Yes」だ。

前回の密着レポート第26回、および今回の冒頭のエピソードからもわかるように、「電車ごっこ」ではいろいろな役割がある。車掌、運転手、信号係、駅員さらには乗客…。そして、それぞれ子どもが各自の担った役割を適切に果たすからこそ、「電車ごっこ」は楽しい遊びとなる。

片付けの後は反省会。しかし、事態は思わぬ展開に・・・

その過程において、「自分の出した指示で他人が動くこと」、「その指示が的確であれば全体がうまく動くし、悪ければ滞ること」などを体感値とともに学んでいく。自分の行為が他人に影響を及ぼし、逆に他人の行為で自分が影響を受ける「物的なつながり」を楽しみながら実感できる。教師がそのような意図をもって指導に取り組むならば、「電車ごっこ」は幼稚園児にとっては社会性を身につける格好の教材だ。

一方で、「心のつながり」はどのように教えていくのか。これについては、説明よりも現実をそのままお伝えするのが一番だろう。少し長くなるが、子どもたちが「心のつながり」を育んでいく様子を風2組学級通信「麦」から見てみよう。(以下、原文をそのまま掲載)

電車ごっこの後は、困ったことや問題点などを話し合ったり、みんなで決めたことを確認し合ったりする時間をとるようにしています。問題にぶつかったら、その問題を避けたり、そこで止めてしまったりするのではなく、その都度、考えていけばいいんだという意識と、自分たちの中で生じた問題は、自分たちで解決していける力をつけさせたい、と思っているからです。
そんな中、先週の電車ごっこ後の話し合いで、こんなことが起こりました。この日も、ああじゃないか、こうじゃないか、と話し合いの内容も濃く、時間も長くなっていました。

―他の人の考えについて萌ちゃんが、自分の考えを話している最中のこと―
凛  (歩希くんに向かって)「萌ちゃんなんて、いなくなればいいのにっ。長いよなぁ。もうお弁当食べたいよ・・・。太鼓もやりたいし・・・」(この日の午後は、太鼓をやることになっていました)
歩希 「・・・。」
先生 「なに? 凛くん、今、何て言ったの?」
凛  「・・・。」
先生 「何て言ったの? 萌ちゃんが話してる途中だったから、よくわからなかったの」
凛  「・・・。」
歩希 「萌ちゃんなんて、いなくなればいいって言った・・・」(うつむいたまま)
一瞬にして教室の空気が張り詰め、シーンと静まり返ると同時に、子どもたちの表情が一変。「えっ!? なんで?」と表情が言っています。私の表情もまた、同じだったと思います。そして、大城くんが口を開きました。
大城 (凛くんにむかって)  「仲間だよ。萌ちゃん、仲間だよ・・・」
萌 ―声を押し殺すようにして泣いている。
凛 ―今にも泣き出しそう―。
子どもたち  「仲間なのに・・・」
「そんなふうに言われたら、萌ちゃんどんな気持ちになるか、わかるでしょ」
(決して、凛くんに詰め寄ったり、声を荒立てたりするのではなく、諭すような口ぶりでした)

先生 「凛くん、何でそう思ったの? 今までいろいろ一緒にやってきた仲間だよね。何で“いなくなればいい”って思ったの?」
凛 「・・・」
先生 「泣かないで。先生、凛くんが思ったことを知りたいの」
―子どもたち、2班の周りに集まる―
悠 「凛、俺に言ってみな。(耳を近付ける) ―わかんない・・・」
歩希 「たぶん、萌ちゃんいろいろ言うから話し合いが長くなって、お弁当食べたくなったんだと思う―」
子どもたち 「そうなの?」
凛 「悪いこと言っちゃったなって思ってる・・・」
先生 「凛くんさ、お腹すいてお弁当食べたくなっちゃって、そしたら萌ちゃんがいろいろ話すのが、やだなぁって思ったの?」
凛 ―うなずく。
先生 「それなら“お腹すいたよぉ。話し合いはまた後にしようよ”って言えばいいんだよ。凛くん、考えてごらん、萌ちゃんが本当にいなくなっちゃったらどう思う? それにさ、自分が仲間だって思ってる相手から“おまえなんて、いなくなればいいんだ”って言われたら、先生だったら、辛くって、悲しくって、どうしようもないと思うな。萌ちゃんだって“仲間だ”って思ってる凛くんから、そう言われてすごく辛かったと思うよ」
凛 (萌ちゃんに向かって)「ごめんね」
萌 「いいよ」
子どもたち 「あ~、良かった、良かった」
「なんかお腹すいちゃったねぇ」
「ねぇ先生、お弁当にしない?」
先生 「―そうだね、そうしよっか。じゃ、お弁当―!」

電車ごっこの話し合いは途中で終わってしまいましたが、このようなことをみんなで話ができて良かったと思っています。
言葉の使い方がわからないことから起きた今回の問題ですが、それをそのまま放っておけば、本人がそれとは気づかないうちに、言葉と気持ちのギャップが生じ、そしてそれが知らず知らずのうちに仲間を傷つけていくでしょう。
今、世の中では盛んに“いじめ問題”がとりざたされていますが、親や教師、大人たちが導いてやらなければ、子どもの心は育たないのではないかと思うのです。
今回のことで、私が“この子たちは、心がちゃんと育っている”とうれしく感じたのは、子どもたち同士がお互いのありのままを見て、受け入れ合っているところでした。それぞれ、いろいろな側面をもっているけど、それが自分たちの“仲間”なんだ―子どもたちの中に、そのような深いつながりを感じたのです。表面的な“仲良くしなくっちゃダメなんだ”ではない絆を―。だからこそ、「萌ちゃんなんて―」と言ってしまった凛くんに対しても、子どもたちは真正面から向き合い、凛くんの気持ちを探ろうとしたのだと思います。
本当にいい仲間たちです。一人ひとりを大事に、そしてこの関係を大切にしていこう、と改めて心から思った出来事でした。                              風2組 学級通信「麦」より

役割が多く、複雑な「電車ごっこ」の反省会。当然、話し合いは長くなる。そんな状況の中、語彙不足が原因となって、悪気なく起こってしまった事件。しかし、それを受け流してしまうのではなく、先生はこれを機会とばかりに子どもに向き合う。「悪気はなくても言葉の使い方を間違えば相手を傷つけてしまうことがある」という大切なことを真正面から教えていく。もちろん、これは「電車ごっこ」に限った話ではなく、風の谷幼稚園の毎日のあらゆる活動に見られることだ。こうして子どもたちの心は大きく揺れ動き、心が通じ合う原体験と仲間との本当の絆を手に入れる。

「幼児期にこそ心が育つ」。

「幼児期にこそ心を育てなければならない」。

この信念は、あらゆるカリキュラムにおいて息づいているのである。

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