9. 受験なんて「いも堀り」よりは簡単だ

「このお芋を幼稚園まで自分で背負って帰るんだよ!」
と背負わせてみると、芋が持ち上がらず、立てません。しばらく考え、小さな芋をいくつか選び減らしていました。すると、謙佑くんの口からよだれがつーっと芋を減らす度に流れるのでした。それでもかなりの重さはありますが、背負った謙佑くん。
途中、あまりの重さに謙佑くんが泣き始めました。けれども、前を歩いていた琴乃ちゃんが優しく「謙ちゃん、泣くと力が出ないよ」と声をかけると、ぐっとこらえて歩き始めていました。
「えっさ、ほいさ」と言いながら歩いていた耕太郎くんの目にもうっすら涙が。けれども、耐えながらぐっとこらえて歩きます。坂道では、ひっくり返りそうな耕太郎くんのリユックを後ろから支えて歩く隆太くん。「力をあげるよ」と手をつなぐ明日香ちゃん。「ひっぱってあげる」と手を引く神楽くん。
“みんなで幼稚園まで帰るんだ”
そんな思いが感じられる瞬間でした。                  花2組 学級通信「にこにこ」より

これは11月中旬に行われた風の谷幼稚園名物のひとつである「さつまいも掘り」の年少児クラスの様子だ。「いも掘り」というカリキュラムを取り入れている幼稚園は多いが、風の谷幼稚園の流儀は一味違っている。春の「じゃがいも堀り」、そして秋の「さつまいも掘り」と年に2回、そして年少、年中、年長の3年間で合計6回行われる「いも掘り」に込められた教育意図とは何か? 今回はこれについて紹介していこう。

自分の行動に責任を持たせる

この「いも掘り」にはシンプルな決まりがある。それは、「自分で掘った芋は自分で背負って幼稚園まで持ち帰る」というものだ。重くて途中で降ろしてしまうと、降ろした分は先生に没収されることになっている。

幼稚園に戻ったらリュックを計測。3.7キログラムとは、広辞苑とマンガ週刊誌1冊分ずつに相当する。3歳の子にとっては、かなりの重さだ

では、園児たちはどのくらいの重さを背負うのだろうか?今年度の「さつまいも掘り」で1人当たりの“背負って帰ってきた芋の量”は以下の通りである。

花組(年少児クラス):約3.7キログラム(個人の最高記録は7.0キログラム!)
鳥組(年中児クラス):約5.0キログラム(同8.5キログラム!)
風組(年長児クラス):約6.6キログラム(同11.5キログラム!)
※各年次2クラスの1人当たり平均値

ある統計によれば3歳児の平均体重は14キログラム弱。つまり、花組の子どもたちは自分の体重の3分の1弱の重さを背負ってきたことになる。さらに、畑から幼稚園までの道のりは約1.5キロメートルで、山手線「原宿→代々木」駅間に相当する。しかも、この道は平坦ではなく、木の根っこが地面に露出しているような尾根道だ。大人で考えれば、米一俵を背負って、10キロメートルの山歩きをするような感覚だろう。

もちろん、あまりの重さに途中で泣き出してしまう子どももいる。その時には先生が声をかける。

「自分で掘ったんだよね? 泣くくらいなら降ろす?」

あちこちで、仲間のリュックを支えてあげる姿が見られる。優しい心が育っている証拠だ

このときの口調は決してやさしいものではない。音声でお伝えしたいくらいだが、むしろ厳しさを感じさせる口調だ。しかし、子どもたちは首を横に振り、再び力を振り絞る。さらに、冒頭で紹介したような仲間たちの応援が加わり、よろけながらも前を向いて歩き始める。

そして、幼稚園に無事到着すると、自分たちで掘った芋がたっぷりと入った温かい味噌汁を先生につくってもらい、お腹がいっぱいになるまでそのおいしさを味わう。この味噌汁は大人がいただいてもとてもおいしいが、本当のおいしさがわかるのは自分でやり遂げた子どもたちだけだろう。

「子どもたちに“自分の行動に責任を持つ”ということを教えたいのです。芋は掘りたいだけ掘っていいことになっています。そして、尻もちをつきながら子どもたちは懸命に掘ります。この芋を掘るということだけでも、自然と触れ合うとか、収穫の楽しさを知るという教育的な意味はあるでしょうが、それだけでは娯楽になってしまう可能性もあります。自分で掘ったものは自分で持って帰るということまで含めて指導すれば、 子どもたちの中に“自己責任”という意識が育っていきます」(天野園長)

また、子どもたちにあえて厳しい口調で接することにも理由がある。やさしく言葉をかけると甘えが出て、今の限界値を打ち破る力を引き出せないという。健気な子どもたちを見守る先生たちの胸のうちは愛おしさでいっぱいだが、心を鬼にすることで子どもたちは自分の限界を超えてゆく。

体感してこそ本物の語彙が身につく

幼稚園に到着すると、それまで厳しかった先生も、全身で子どもたちを褒める

子どもたちが幼稚園で芋を降ろした後、先生たちは全身で子どもたちを褒めてやる。まるで教育者として背負っている重い責任を肩から降ろしたように、素に戻れるうれしい瞬間だ。

「よくやったね。立派! 立派っていうのはこういうことを言うのよ」

子どもたちにとっても、疲れ切った体を癒す最高の褒め言葉だろう。苦しくてもやり遂げた満足感はしっかりと体に定着していく。

話は少し横道にそれるが、密着レポート第6回でも少し紹介したように、風の谷幼稚園では言葉をとても大切にする。人と人が心を通い合わせるために欠かせないものとして言語の指導を重視しており、表層的な言葉の意味だけを教えたりはしない。たとえばこの「立派」という言葉の意味だけを教えても、子どもたちには実感がわかない。そこで、体感値を伴うこのような機会に丁寧に指導を行う。その結果、子どもたちは実感の伴う新しい語彙を獲得していくのである。

もちろん、言葉の教育は派性的な結果だが、身の丈に合った問題に立ち向かい、自己責任の意識を体に深く刻み込む「いも掘り」は、風の谷幼稚園では絶対に欠かせないカリキュラムなのである。

いも掘りに比べたら受験もなんのその

このいも掘りを3年間で6回経験することで、子どもたちはどのように成長していくのだろうか?

以前、年長児クラスでうれしいニュースがあった。それは、年少児クラスのときには「掘るのがイヤだから」「重いのがイヤだからいいの」といって1個しか芋を掘らなかった子どもが、背負いきれないほどの芋を悪戦苦闘しながらも持ち帰ってきたのだ。

「年少のときは、担任も周りにいた先生たちも実は迷いました。みんながたくさん持っているのに1人だけこれでは可哀想なのではないかと。でも、その時、私たちは心に決めました。自分で掘らなかったのだから、その結果をしっかり自分で受け止めさせようと。お母さんも複雑な思いだったと思いますが、子どもの成長を考えてグッと気持ちを抑えてくれました。そして2年間、心の中に貯め込んだ“芋への思い”は、年長児最後のいも掘りで結実したのです」(天野園長)

実際、今回も年少クラスではあまり掘らなかった子どもがいた。先生が声をかけてもたくさん掘ろうという気持ちにならなかったようだ。しかし、先生や風の谷の親たちは、来年、再来年、子どもたちがどのように成長していくのか、温かく楽しみに見守っているのである。

最後に卒園児のエピソードを紹介しておこう。彼は日本でも最難関のひとつに数えられる名門私立中学校への合格を果たして、風の谷幼稚園に挨拶に訪れた。

「受験、たいへんだったでしょ?」

「うん。でも、いも掘りに比べるとなんてことなかったよ」

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