3歳児が入園して1週間後の「入園を祝う会」では、6人の風組(年長児クラス)の人たちが花組(年少児クラス)、鳥組(年中児クラス)にこんなことを伝えました。
・風組が作った風車をあげるからね(望恵)
・風車はフロンターレであげるよ(恵雅)
・風車のまわし方を教えてあげるからね(隆太)
・フロンターレまで一緒に連れていってあげるよ(奏)
・風車の棒は危ないから目に入れたり、人に向けたりしないでね(利紗)
・風車が壊れたら直してあげるからね(功征)
中庭での集会の後、花組と手をつないで、フロンターレへ出発です。道路へ出るとすぐに「車が通る側は風組に代わろう」と仲間に声をかける貴良くん、美佑ちゃん。中庭で並んでいる時から「えーっと、こっち側が車が通る方だよね」と確認しあって花組と手をつないでいた美代ちゃんと和輝くん。あっちこっちに飛びまわる花組の修吾くんに「こっちだよ。そっちはダメだよ」と2人がかりで手をつないでいた遼くんと和俊くん。明穂ちゃんの帽子が前後反対だと気づいた智康くんは、被り直してあげました。そんな子どもたちの姿を見ながら、優しさは人から人へ伝わっていくものだと改めて感じたのでした。
フロンターレから帰る途中「今日は花組とお弁当食べたいなぁ」と歩希くん。「花組は今日が初めてのお弁当だから、まだ無理だなぁ」と言うと「僕たちが教えてあげるから大丈夫!」との返事。なんとも頼もしい子どもたちの姿、嬉しく思います。 風2組 学級通信 「麦」より
密着レポート第8回「年長が年少に優しくできるのはなぜ?」で、風の谷幼稚園の年長児(「風組」)が年少の子どもたちに対して、優しく穏やかに接している様子をお伝えした。一般道路を一緒に歩くときは風組が年少児の手をとり、自ら車が通る側を歩いて年少児を守る。そして、泣いている年少児には優しく声をかけ、寄り添いながら元気づけてやる。年長児としての“自覚”と“誇り”をもって振る舞う姿には、現代の大人社会がどこかに忘れてきてしまった大切なことを教えられる気持ちにすらなってくる。もちろん、年長児たちのこの姿は教育の賜以外の何物でもない。今回は、年長児としての“自覚”と“誇り”を育てる教育について見ていこう。
“優しい行動” の根本にある
“人を思いやる心”
花組、鳥組でのさまざまな活動を経て、いよいよ園内の最年長という立場である風組に進級した子どもたち。新しい教室に移り気分も新たになった4月、彼らが一番に取り組むのは、新入園児である花組を迎える準備だ。新入園児たちが早く幼稚園を好きになってくれるようにと行われる「入園を祝う会」は、風組が主体として内容を考え、運営を行っている。
このカリキュラムは、先生からの問い掛けによって、自分たちが入園したてのころを思い出すことからスタートする。(この様子は密着レポート第8回参照)
自分が花組だったときの心細い気持ちや不安な気持ち、そして風組にしてもらって嬉しかったことをそれぞれが振り返る。すると、子どもたちの間には「自分たちがしてもらって嬉しかったことを、新入園児たちにもしてあげよう」という合意が自然と出来上がる。そして、それが冒頭のエピソードでご紹介したような年少児へのメッセージとなり、それを行動で表現するのが「入園を祝う会」だ。
しかし、風の谷幼稚園では「自分がしてもらったこと」と同じ行動をなぞることを、子どもたちに求めているわけではない。行動に至るまでの思考プロセスを経験させることが重要なのだ。
「『なぜ、自分がそのように振る舞うべきなのか』を子ども自身に考えさせるということが大切なのです。自分が年長児に優しく世話をしてもらった経験がある子どもは、自然と『自分が何をどうすればいいのか』を理解し、行動に移していきます」(天野園長)
優しさを表現する具体的方法を知ることも大切だが、風の谷幼稚園が一番大切にしているのは、その根本となる“人を思いやる心”を育てることだ。「心細い思いをしている人がいる」ということを察知し、「その人のために自分に何かできることはないか?」と思えるような優しい心である。この心は言葉で教えられて育つものではなく、自分の実感に照らし合わせながら自分で考えるからこそ育つ。そして、その心があるからこそ、具体的行動にも「温もり」が生まれ、信頼感や心を通い合わせる喜びが生まれていく。
「年上なんだからちゃんとしなさい」
これは何も教えていないに等しい
しかし、この心を育てるという観点が抜けた状態で、年長児となった子どもたちに突然レベルの高い行動のみを要求してしまうことがしばしばあるという。
「幼児期の子どもに対して、その場その場で『お兄ちゃんだから、小さい子の面倒を見てあげなさい』とか『年上なんだからちゃんとしなさい』と接してしまいがちです。しかし、年長児に世話をされた経験がなければ、具体的な行動として何をどうしていいのかがわかりません。実際に、『なぜ、そんなことをしなきゃいけないの』と反発したり、まじめな子どもほど『では、どうすればいいのか』がわからなくなり、戸惑いが重なって不安になってしまうのです」(天野園長)
「なぜ、そうするのか」「何をどうしたらいいのか」をイメージできない子どもに唐突に年長者としての振る舞いだけを要求することは、成長を促しているつもりがむしろ逆効果の可能性すらある。自分が優しくしてもらった「嬉しさ」を知らない状態で世話をすることを求められると「いつまでも小さいままがいい」という心理状態にもつながりかねない。特に家庭において兄弟の一番上の子どもや一人っ子の場合は、家庭以外の場における親以外の年長者との触れ合いが重要になってくる。だからこそ、家庭以外の新しい社会である幼稚園の新入園児のときの原体験が大切であり、その環境づくりに風の谷幼稚園では心血を注いできた。(密着レポート第8回参照)そして、その原体験があるからこそ、「入園を祝う会」はカリキュラムとして有効に機能するのである。
さらに、その原体験は、年長児が自分の位置を確認する手立てとなる。
「年長児になったばかりのとき、嬉しさとともに気持ちが空回りすることがよくあります。つまり、“自分は年長児になったけど大丈夫なのか?”ということが不安になり、形の上では年長児になっても、それに内面がついてきていないという不安感が子どもの中にあるのです。風組になったということは、こういうことができるようになればいいんだということを予め提示してやること。つまり手立てを与えてやることが大切です」(天野園長)
風の谷幼稚園では、この手立てを言葉だけで教えるのではなく、3歳児の段階から綿密に設計された原体験を通じて教えようとしているのである。
ひらがなでしゃべらず
漢字でしゃべる
さて、年長児の自覚を促すために他にどのようなことが行われているのかを紹介してみよう。
まずは、風組になりたての4月から5月の間は、日常的に使う言葉に変化を持たせるようにしている。例えば、鳥組までは「グループ」という名称を使っていたが、風組になると「班」と名称が変わる。また、朝の会での先生の言葉遣いも変化を見せる。今までは「お休みの人を調べます」とか「名前を呼ぶね」と先生が優しく声をかけていたが、「出席をとります」となり、屋外活動の時間も「集まりだよー」が「はい、集合して」という具合だ。これらの変化を風の谷幼稚園では「漢字でしゃべる」と表現しているが、子どもたちに「一段階、大きくなったような気持ち」を抱かせる効果が大きいという。
「これらはテクニックですが、この時期の子どもたちは一人前に扱われることがとても嬉しいのです。そして、その気持ちが成長意欲を引き出します。例えば、年長児クラスに進級した段階で、出席をとるときには『今日からは“ちゃん”じゃなくて“さん”と呼ぶよ』というと、子どもたちは嬉しそうに『うん、わかった』と受け入れます」(天野園長)
実際に、年中児クラスから進級してほんの1ヶ月もたたない子どもたちだが、大人たちの接し方の変化を受けて、大きく行動が変わってくる。この様子は先生と親の間で交わされる“れんらくちょう”にも記されている。
風組になってからの二奈は自ら進んで手伝いをやるようになりました。(といってもまだ数日ですが)
掃き掃除をしている二奈に「あら! そうじしてくれているの?」とたずねれば、「そう、風組だから」。
食事の前にテーブルを拭いて(かなり念入りに)きれいにしているのを見て、声をかければ「風組だからね」など、ふたこと目には「風組だから」と言っています。
ぶつぶつ言いながら絵を描いていると思えば花組への手紙とのこと・・・。
本当に今までの風組の存在の大きさを感じます。「憧れ」ってすごい力を発揮できるようになるんですね。
憧れの風組になれた嬉しさと、(それなりの)責任感で、二奈の気持ちは今、満ちているようです。明日の花組を迎えての二奈の話が楽しみです。 “れんらくちょう”より
自分の原体験をもとに、年長者であることを明確に“自覚”し、具体的に行動する中で“誇り”を育んでいく風組の子どもたち。5歳児たちの成長ドラマから、大人が学ぶことも多いにあるようだ。