17. ラグビーの「痛さ」で年中児に育つ感覚(ラグビー・前編)

「今日からラグビーをするよ」
朝の会でそう声をかけると、「よっしゃー」とやる気満々の奎吾くんと心平くん。「何? それ……」といった表情の仲間たちに、先生が「ボールを横にパスするの」「ぶつかっていくの」と一生懸命説明をするのですが、聞けば聞くほどわからなくなっていく子どもたちでした。
鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

幼稚園のカリキュラムとしては珍しいと思われる「ラグビー」だが・・・その教育意図とは?

さて、年中児クラスもいよいよ3学期を迎えた2月。風の谷幼稚園では「ラグビー」のカリキュラムが始まる。「幼稚園児にラグビー?」と思われる方もいるかもしれないが、開始から1週間もすれば、ルールを理解し、体ごとぶつかりあいながら、仲間とともに「勝つための作戦」を考える子どもたちの姿がある。では、このカリキュラムに秘められた教育意図とは何なのか? 2回にわたって詳細をお伝えしていこう。

体が柔軟な時期だからこそ
学べることがある

密着レポート第3回「幼児期の食生活と大人の責任」でご紹介したように、風の谷幼稚園には教育実践上の柱として「体ごと遊ぶ」という方針がある。「ラグビー」のハードさは説明には及ばないが、普段から体を存分に動かす風の谷幼稚園においても「体ごと遊ぶ」の最たるものだろう。

ラグビーをカリキュラムに取り入れているのには、もちろん理由がある。チーム一丸となって同じボールを追いかけ勝利を目指すラグビーは、風の谷幼稚園が重視する「人と心を通い合わせる」ことを経験するには格好の素材である。密着レポート第14回「相手を深く知るためには?」でもご紹介したように、1つの目標に向かって行動を共にすることで仲間との絆を深めていくことができる。

ボールを奪われたり、敵から攻撃を受けたり、体ごとぶつかりあったりと、痛い思いもたくさんするラグビー。子どもたちは悔しさから泣き出すこともあるが、それを乗り越えることも大きな目標である。

また、オフェンス(攻撃)とディフェンス(守備)がめまぐるしく入れ替わり、時にはボールを奪われた悔しさや痛さを感じながらも、瞬時に攻撃に転じていかなくてはならないラグビーは、密着レポート第10回「鬼ごっこは大人への第一歩」でご紹介した「気持ちの切り替え」を体で学んでいくにも適している。

「仲間との関係が深まってきたこの時期、体ごとぶつかりあう遊びを経験させたいという思いから、ラグビーに取り組んでいきます。楽しい思いだけでなく、引っ張られる苦しさや、ぶつかり合う痛さも遊びの中のひとつとして受け入れられるようになるといいなと思います」(滑川教諭)

この自分が痛みを感じる経験は、相手の痛い思いを知ることにもつながる。さらにこれが「力の加減を知る」ことにもつながっていく。チームで勝利を目指したり、攻撃と守備を切り替えたりするだけであればテレビゲームでも体験できるだろうが、体で痛みをリアルに感じるラグビーだからこそ、この感覚は育っていくのである。

もちろん、安全面が気になる方もいらっしゃるだろう。しかし、この時期の子どもたちの体は柔軟だ。つまり、思い切りぶつかったり転んだりしたとしても、子どもの「しなやかさ」はそれに十分対処することが可能である。大人と比べて、大怪我をする確率は「ラグビー」という言葉から想像するほど高くはないのである。

「手を使う」「いっぱい歩く」という方針のもと、密着レポートで紹介してきた「いも掘り」「鬼ごっこ」「なわとび」の他にも、恵まれた自然環境の中での遊びを通じて、子どもたちの体はすくすくと成長し、体力もついてきている。誤解のないよう付け加えるが、再三指摘してきたように風の谷幼稚園での「体力づくり」は「心を育てた結果」であり、「怯まない」「あきらめない」「素早く気持ちを切り替える」という強い心とセットで育まれてきた体力である。この心と体があれば、十分「ラグビー」に対応できるとの判断があり、そこから得られる教育効果は、怪我のリスク以上に大きいと考えているのである。

なお、子どもの遊びに擦り傷、切り傷、ねんざなどは当たり前だ。最近ではこの当たり前だったはずのことが当たり前ではなくなってきているようだ。過保護なのか、責任を問われるのを恐れてか、体を激しく使う遊びは全般的に避けられる傾向にあるという。しかし、入園説明会時に「思い切り体を使って遊んだ結果、怪我をすることくらいは覚悟してください」という園長の方針に納得している親たちだから、クレームが出ることもない。それどころか、親同士が戦うラグビーも行われることが風の谷幼稚園のユニークなところである。(これは次回紹介する)

ラグビーはケンカじゃないよ!

写真右下のマットにボールをつけたら点数が入る。

ではラグビーの取り組みは、具体的にどのように進んでいくのかを見ていこう。冒頭のエピソードにあるように、まずは全員でルールを共有することからスタートする。ちなみに、ルールは幼稚園用にアレンジされており、その内容は、

・「ボールをゴール(マット)につけたら1点」
・「ボールを抱えてしゃがみこんでしまったら、『先生ボール』となって試合は中断。先生が再度ボールをグランドに投げ入れて試合再開」(これは安全性を確保するためのルール)

というシンプルなもの。そして初日から試合が始まるのである。

8人ずつの4グループに分かれ、先生から「5点取ったチームが勝ち」と伝えられた後、

「さあ、始めるよ!そぉーれ!」

という掛け声とともに楕円形のラグビーボールが先生の手によってグランド中央に投げ入れられる。

すると、そのボールをめがけて「我先に」と突進していく子どもたち。そして相手からボールを奪い取ろうとする。もちろん、最初はケンカに近い状態が生まれることになる。再び学級通信を見てみよう。

1回目なだけに対決中はさまざまな姿があります。ボールを取りに行こうと相手チームの大空くんに体当たりをした寛太くん。ボールを持っていた大空くんはその拍子に転び、ボールが転がっていってしまいました。
――すると……
大空 「なんでぶつかってくるんだよっ! 痛いじゃないか!!」 バシッ!!
寛太 「なんで叩くんだよ!」 バシッ!!
とボールのないところで叩き合いに。
なので一旦対決を止めて、「ラグビーはケンカじゃないよ。ぶつかったりしながら相手からボールを取っていくのがラグビーなんだよ」と話し、再開したのでした。
鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

激しいタックル(?)にボールを落とし、その悔しさから別の戦いが始まってしまったとき、先生は試合を止めて「これはゲームであって、ゲームとはこういうもの」ということを教えていく。そして別のところでは、また別の戦いが勃発する。

まだまだ子どもたちは仲間にパスをするなど協力するプレーではなく、ボールを持ったら1人でゴールを目指すため、あっという間に相手に取り囲まれて、ボールの所に全員が群がってしまい“だんご状態”です。
そのだんごの中から、異様な声が聞こえてきました。
「睦ちゃん! 痛いってば! 私は仲間だから踏まないで!」
“……? 痛い? 踏む……?”
よーく見てみると、ボールを持っていた睦ちゃん、「あっち行け! あっち行け!」と言いながら自分のまわりにある足すべてを踏ん付けていたのです。
一方では、だんご状態の中には自分から入れないけれども“どうにかしなきゃ”と思った和希くんは、ボールに手を伸ばす子全員のお尻をパシパシ叩き……、「痛いなぁ! 叩くのダメ!」と相手が怒って振り返ったときに、「今のうちだ! 行け、睦ちゃん!」と――。
子どもたちは、子どもたちなりにいろいろ考えているんだろうなぁと笑いをこらえつつも、「踏んだり叩いたりするのはなしね」と共有のルールにしたのでした。
対決していく中で実際に起きた問題点を取り上げながら取り組んでいこうと思っています。
鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

このような過程を経て、「体を張ったボールの奪い合い」が少しずつゲームとしてのラグビーに近づいていく。この時点ではまだ仲間と協力して戦うという意識はなく、仲間同士でボールの奪い合いになることもしばしばだ。だが、先生たちは後に子どもたちが声を掛け合ったり、パスを回したりする姿を思い浮かべながら、「どのように指導していけばいいのか」に意識を集中してこの様子を見守る。

すると翌日、

「先生! 今日もラグビーやるよね!」

「いい作戦考えてきた!」

と朝からやる気満々の子どもたち。その日の戦いぶりを再び学級通信から見てみよう。

まずは赤対黄グループ。(注:32人のクラスを8人ずつ赤・黄・青・緑の4チームに分けて試合は行われる)
「よぉーい、始め!!」
ボールを投げると1人端の方へ走っていく子が……。未桜ちゃんです。仲間たちがだんご状態になっても助けに行かず、声だけの参加です。「ほらっ! 力を入れて!」「朋紀くん、ボーッとしないの!!」――と。
内心、“なんで未桜ちゃんはボールの所へ行かないんだろう……”と不思議に思っていたのですが、とりあえず様子を見ようとその対決中は何も言いませんでした。
事実、5対6の対決になるので結果は黄色グループの勝ち。整列をしてからほかの仲間の元へ戻るとき、未桜ちゃんの肩が震え「負けて悔しい」と涙声。
そこで、対決中から気になっていた未桜ちゃんの動きについて聞いてみると、「あのね、作戦だったの。とりあえず5人が戦って、疲れたりしたら未桜と交代するって。でもね、いつ疲れたのかわからなかったからさ……。この作戦、今度はちゃんと言葉にして言うようにしてもう1回やってみる!」(あらあら・・・)。
すでに気持ちを切り替えて、次の対決に向かう赤グループの子どもたちでした。
鳥1組 学級通信 「おおばこ」より

子どもたちは子どもたちなりに作戦を練る。

体をぶつけ合う楽しさを感覚的に感じ取った子どもたちは、今度は「仲間と力を合わせて、どうやったら勝てるのか」ということに意識が移っていく。すると、このエピソードにあるように「軍師」となってチームを勝利させようと考える子どもも出てくる。誰に教わったわけでもないのだろうが、子どもは子どもなりに戦略を練る。

そして、年中児クラスになって「仲間と一緒に行動することとはどういうことか」をさまざまなカリキュラムを通じて学んできた子どもたちは、自分の思いは言葉にして伝えるべきだと考え、それを自然と行動に移していく。ラグビーを通じて、成長の階段をまた一つ登っていることが伝わってくるようだ。

さて、子どもたちはこの後、どのようにして勝利を目指して戦っていくのか。この「白熱の試合」の模様は次回詳細にお伝えしていこう。

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